広島で被爆した父と娘の心の交流を描いた井上ひさしさんの戯曲「父と暮(くら)せば」が世界に広がっている。94年に発表されて以来、フランス語、ロシア語、英語など六つの言語への翻訳が進み、海外での上演も相次ぐ。日本の現代戯曲としては異例のことだ。被爆60年の今年は米国ニューヨークでも上演が予定されている。
「父と暮せば」は「核は人類全体の問題」と考える井上さんが書いた2人芝居。座付き作者を務める「こまつ座」で上演を重ねている。
海外ではまず、97年にパリで地元の劇団がフランス語で上演。こまつ座もモスクワ(01年)と香港(04年)で字幕や同時通訳付きで上演した。
昨年8月にこまつ座が英文対訳本(ロジャー・パルバース英訳)を出版したことで関心はさらに広がった。この本を日本人が海外の演劇人に贈ったり、話を聞いた外国の劇場や劇団が取り寄せたりしたことから、上演や他の言語への翻訳申し込みが一気に増えた。せりふが多く、比較的簡便に上演できるリーディング(朗読による舞台化)でも内容が伝わりやすいことも、広がりを後押ししている。
こまつ座のまとめによると、カナダでは今年1月からトロントやオタワなどでリーディングが重ねられ、秋以降も続演の予定だ。ロンドンの劇団も5月に取り組んだ。9月12日にはニューヨークでも米国人の演出、出演でリーディングが行われる。
イタリアでは本格的な上演が計画され、翻訳が進んでいる。来年春にボローニャで初演した後、07年まで全国を巡演する予定。ドイツ語訳も進んでいるという。
井上さんは「被爆した人たちの気持ちを総合するとこうなると考えて書いた。海外から『原爆について日本人が、仕返しをするという発想ではなく、この悲劇が人類の上に繰り返されないようにと考えていることに感銘を受けた』という反響が寄せられている。被爆者の思いが理解され、広がっているのだと思う」と話している。