背筋がぞくりとする話を集めた文庫本が、この夏相次いで刊行されている。決定版的な選集から、名著の復刊、珍しい海外奇談まで、ホラー評論家でアンソロジスト東雅夫さんによれば「妖怪文庫大戦争」の趣だ。ポケットに1冊、あやかしの世界——。
『日本怪奇小説傑作集』(紀田順一郎・東雅夫編、東京創元社)は新定番として読みつがれそうな選集だ。1902年から93年まで50作の怪奇幻想小説を、年代順に3巻に収めた。発売中の第1巻は35年まで。文学全般が活況を呈した時期だけに、夏目漱石、森鴎外らの文豪と、岡本綺堂や江戸川乱歩ら大衆小説の大家が混然と並ぶ。
東さんは編集意図について、「怪奇小説ファンを育てるための入り口を作りたかった」と話す。90年代のホラーブーム以来、怪奇小説に興味を持つ人は増えている。とはいえ、手軽に読めない必読の名作が多かった。「日本の豊潤な奇談の流れを途絶えさせないためにも決定版が必要だった」
範としたのは同社のロングセラーで、西洋奇談を集めた『怪奇小説傑作集』全5巻。選定基準は編者の好みとともに、過去の選集に採られた頻度といった客観的な尺度も尊重した。すでに重版されるほどの人気ぶりだ。
一方、同じく東さんの編となる『妖怪文藝』(小学館)は「妖怪」という視点から日本文学史を再編展望しようとした意欲的な編集だ。あまり知られていない作品も積極的に取り上げ、海坊主、河童(かっぱ)、天狗(てんぐ)らおなじみのモノノケたちの魅力を浮かび上がらせる。こちらも3巻もので、9、10月に続刊が発売される。
うれしい復刊もある。『妖異博物館』『続 妖異博物館』(柴田宵曲(しょうきょく)著、筑摩書房)は、63年に青蛙房から刊行されていた奇談随筆集。「甲子(かっし)夜話」「耳嚢(みみぶくろ)」といった江戸時代の随想から全国各地の怪異話を採り、古今東西の文献を縦横に引用しつつ、分類、考察する。怪異の百科全書的な書籍だが、軽妙な筆さばきで、読物としての面白さも抜群だ。
海外ものの名著も復刊された。『闇の展覧会—敵』(カービー・マッコーリー編、早川書房)はこれまた全3巻の1巻目。超自然な存在によってもたらされる恐怖話を集めたモダンホラーの傑作選だ。SFともファンタジーとも分類しづらい奇談がぎっしり詰まっている。続刊「—罠(わな)」「—霧」にはスティーブン・キング、レイ・ブラッドベリらの作品も。
ほかにも、『アイルランド幻想』(ピーター・トレメイン著・甲斐萬里江訳、光文社)は、著名なケルト学者が神話や伝承をもとに書いた幻想小説集。古代アイルランドの恐怖が、じわりとよみがえる。
いずれも本を開けば、異世界がぐわりと口を開けて待っている選集ばかり。「ホラーブームが落ち着いたいま、過去の遺産を文庫サイズで振り返りたいという機運が高まっているのではないか」と東さん。携帯するなり、ナイトキャップにするなり、パラパラと拾い読むのがふさわしい。