2008年11月5日
分科会「文学の未来」で発言する綿矢りさ氏(中央)=ソウル、小山内写す
韓国で開かれた「第1回東アジア文学フォーラム」では、「文学の未来」と題した三つの分科会で、ネットと文学をめぐる活発な意見が交わされた。ネットは日中韓3国とも広く普及しており、メディア環境が激変する中での文学の行方を考えさせた。
ケータイ小説が出版されてベストセラーとなるのは日本独特の現象だが、韓国、中国ともネットで配信する「ネット小説」は盛んになっているという。だが、韓国ではネット小説は純文学を脅かす存在ではない、と文芸出版社「文学と知性」社のキム・スヨン代表は説明する。「韓国ではエンターテインメント小説も純文学に及ばない。純文学に対するリスぺクトがあるからだ」。いわば「教養の崩壊」は起きていないのだという。
一方、中国の朝鮮族出身の作家・許龍錫(スィ・ロンシ)氏は「ネットは作家になる門戸を広げる」とフォーラムで報告した。「中国では以前は、一級の刊行物に作品を発表し、審査を経ないと作家になれなかった。今日、誰でもネット上に作品を発表し、読者の評価を受けることができるようになった」
ネットを題材にした『インストール』でデビューした綿矢りさ氏は当時を振り返り、「パソコンを使い始めた時期で、ネットの世界の広さにわくわくした。だが文学と聞いて思い浮かべるのは時を経ても輝き続ける作品。ネット小説は、文学とは別物のジャンルとして進化してゆくのでは」と話し、ネットがもたらす多様化には肯定的な意見が多かった。
半面、平野啓一郎氏は「身辺雑記的な内容ならばあふれかえるブログで十分と人は言うだろう。特殊な職業・体験を取材して小説を書いても、そのリアリティーは当事者の証言にあっさり凌駕(りょうが)されてしまう」と文学の危機を指摘した。「大きな共同体は解体し、人は無数の小さな共同体に帰属してゆく。そこで大きな問題はどう合意形成してゆくのか? 文学はそこに関与してゆくのではないか」
これに対して韓国の人気作家ウン・ヒギョン氏は「他人のものを読まずに書く時代になった。ブログの文章を読むと観点が欠けていると思う。人間とは何かを探究し、観点を示すのが文学」と述べた。
また、長編『犬身』をネットで発表した松浦理英子氏は、読者の意識変化に着眼してこう語った。「日常的に言葉を書く人が爆発的に増えている。書くメカニズムに触れて人は複数の視点・意識を持ち、このリテラシーの向上は文学作品を楽しむのにも役立つはず。今の状況を肯定的にとらえたい」
ネットは国を問わず共通の文学の課題として浮かび上がった。だが、同時通訳の事情もあって意見陳述とそれに対するコメントという形式に終始、反論の交換には至らなかった。2年後の東京大会ではさらに議論が深まることが期待される。(小山内伸)
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