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摩多羅神、現代人を魅了

2009年3月28日

 宗教学者中沢新一さんが「世界の王」と呼び、哲学者の梅原猛さんが「日本のディオニソス」とほれ込む、恐ろしくもこっけいな異神に注目が集まっている。猿楽者らが芸能の守護神としてきた摩多羅神(またらじん)(宿神(しゅくじん))のことだ。昨秋から摩多羅神を通して日本文化の深層を探ろうとする研究書が次々にまとまっている。

■秘められた芸事の神

 2人の踊る子どもを前に鼓を打ちながら歌うような絵、烏帽子(えぼし)をかぶって踊る彫像……。摩多羅神と伝えられる図像は踊りや音楽と結びついている。

 『闇の摩多羅神 変幻する異神の謎を追う』(河出書房新社)を昨秋出した文芸評論家の川村湊さんは「念仏修行を邪魔しに来るテングを驚かし追い払うために、跳ね踊り、めちゃくちゃに経文を読む儀式がありました。そんなカーニバル的な芸能の場と結びついた神でした。体の奥底からわき出てくる踊るエネルギーのようなものがその本質でしょう」と感じている。

 摩多羅神は、時代とともにさまざまな信仰と結びつき、芸能・念仏修行の守護神から邪教の本尊まで姿を変えてきた。その変遷を川村さんは大きく四つ((1)念仏堂の後戸の守護神(2)猿楽能の始祖神(3)江戸時代には邪教とされた玄旨帰命壇(げんしきみょうだん)の本尊(4)東照宮の三所権現の一つ)に分け「特定グループの守護神としてひそかに信仰されたため、信者を失ったときにあっさりと歴史の闇に姿を消した」と見る。

 摩多羅神の祭りは岩手・毛越寺の二十日夜祭などしか残っていない。

 『うつぼ舟I 翁(おきな)と河勝』(角川学芸出版)で摩多羅神についてまとめた梅原さんは「猥雑(わいざつ)で熱狂と恍惚(こうこつ)を特徴とする摩多羅神は、酒とセックスの神であるディオニソスそっくり。(古代の異端キリスト教)景教とともに日本に入ったのではないか。何ともいえない非合理的なものが仏教の奥に忍び込んでいることにひかれる」

■「根源的で活力くれる」

 梅原さんらの目を摩多羅神に向かせたのは、03年刊行の中沢さんの『精霊の王』(講談社)。「陰陽師」シリーズで知られる作家夢枕獏さんにも影響を与えた。現在も月刊誌「一冊の本」で西行を主人公にした「宿神」の連載を続けている夢枕さんは「宿神は縄文時代の信仰にもつながっているもので、日本人の宗教観の原型として興味深い」。

 能役者金春禅竹がのこした「明宿集」を柳田国男の石神信仰をふまえて分析した中沢さんは「摩多羅神・宿神には制度化され、生命力を失った仏教や神話の根源に立ち返り、我々の世界の活力を取り戻す可能性があるから、注目されているのではないか。創造と力の源泉の秘密を握る『世界の王』であるこの神について考えることは、王権や主権の本質を問うことにもなる」と話す。

 こうした広がりの中で、30年以上前から「宿神論」などの論文を発表してきた歌舞伎研究者の故服部幸雄さんの論考が今年1月、『宿神論――日本芸能民信仰の研究』(岩波書店)にまとめられた。70年代に書かれた「宿神論」や「後戸の神」は、中世史、思想史の研究者や建築史家の注目を集めたが、単行本化されていなかったことや、「専門ごとの縦割りの研究体制と芸能に深くかかわる被差別問題へのためらい」(川村さん)もあって、広く知られることはなかった。絶筆となった「後戸の神をめぐる研究の諸領域」では70年代以降の研究の進展に展望を与えようとしている。

 日本の宗教思想史が専門の山本ひろ子和光大教授は「摩多羅神を扱った私の著書は書店のオカルトの棚に置かれたこともありました。『精霊の王』以来、理論的に注目する人が増えたことは歓迎します。儀礼や芸能の現場での基礎研究が充実すれば、中世の秘められた思想史が明らかになる可能性があるでしょう」と話す。(加藤修)

表紙画像

闇の摩多羅神

著者:川村 湊

出版社:河出書房新社   価格:¥ 2,310

表紙画像

うつぼ舟I 翁と河勝 (うつぼ舟 1)

著者:梅原 猛

出版社:角川学芸出版   価格:¥ 2,310

表紙画像

宿神論―日本芸能民信仰の研究

著者:服部 幸雄

出版社:岩波書店   価格:¥ 8,925

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