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赤染さん「文学に向き合う」中島さん「書く自由うれしい」受賞者会見

2010年7月16日

芥川賞・直木賞の会見模様を動画で

受賞作を手にした赤染晶子さん(左)と中島京子さん:受賞作を手にした赤染晶子さん(左)と中島京子さん拡大受賞作を手にした赤染晶子さん(左)と中島京子さん

写真:芥川賞を受賞した赤染晶子さん。「今後精進していきたい」と繰り返した拡大芥川賞を受賞した赤染晶子さん。「今後精進していきたい」と繰り返した

写真:赤染さんは2004年に文学界新人賞を受けデビュー。芥川賞の候補になるのは初めてだった拡大赤染さんは2004年に文学界新人賞を受けデビュー。芥川賞の候補になるのは初めてだった

写真:直木賞を受賞した中島京子さん。ユーモアを交えた受け答えで会場を沸かせた拡大直木賞を受賞した中島京子さん。ユーモアを交えた受け答えで会場を沸かせた

:中島さんはギャル系雑誌の編集者やフリーライターの経験もある。田山花袋の私小説「蒲団」を換骨奪胎した異色作「FUTON」でデビューした拡大中島さんはギャル系雑誌の編集者やフリーライターの経験もある。田山花袋の私小説「蒲団」を換骨奪胎した異色作「FUTON」でデビューした

写真:直木賞を受賞した中島京子さんの「小さいおうち」(左、文芸春秋刊)と芥川賞を受賞した赤染晶子さんの「乙女の密告」(新潮6月号)
拡大直木賞を受賞した中島京子さんの「小さいおうち」(左、文芸春秋刊)と芥川賞を受賞した赤染晶子さんの「乙女の密告」(新潮6月号)

 第143回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)受賞者の記者会見が15日夜、東京・丸の内の東京会館で開かれた。芥川賞を受賞した赤染晶子さんは緊張した面持ちで「これからも真摯(しんし)に文学に向き合いたい」と話し、直木賞に選ばれた中島京子さんは「受賞したことで書く自由をより獲得できるのであればうれしい」と笑顔で語った。(アサヒ・コム編集部)

■赤染晶子さんの会見

 ――今のお気持ちを

 すごく驚いています。今後も一つ一つの作品を丁寧に書いていくことで精進していきたいと思います。よろしくお願いします。

 ――受賞一報はどこで聞かれましたか

 新潮社クラブで、担当者や編集部の方と一緒に食事をしながら電話で。私の携帯電話に連絡していただき、すごく落ち着いて聞きました。「ありがとうございました」とか言ったように思います。

 ――ご家族の方に連絡は

 直後に母の携帯電話に電話して「受賞しました」と言いました。母はすごく驚いたような感じで「よかったね」と言っていました。

 ――「アンネ・フランクを密告したのは誰か?」という大きな問題を小説に盛り込んだのはどういう狙いからですか

 あくまでも史実を踏まえたいと思い、アンネの話の中で今でも話題になっている「密告者が誰か」ということを中心に見てみようと思いました。

 ――初めての候補作で受賞した感想を

 想像していなかったので、すごく意外でした。でもこうして賞をいただけたので、今後はこれからも精進して頑張っていきたいと思っています。

 ――作品でユダヤ人問題という深刻な問題とユーモアを結びつけたことには、否定的な意見もありました

 ユーモアを対比させることで、よく日本で思われているアンネ・フランクのロマンチックなイメージを疑問視する方法につながればと思い、あえて今回ユーモアを使って描きました。

 ――赤染さんの「アンネの日記」へのこだわりをお聞かせください。

 この作品を書くまでとりわけ関心を持っていたわけではなかったのですが、今回ユダヤ人問題に改めて向き合うことで、本当に重い記録だということをひしひしと感じています。

 ――受賞作には乙女たちが出てきますが、赤染さんは学生時代「乙女」でしたか

 出身校である京都外国語大学が舞台ですが、そのまま小説にせず少しデフォルメしたかたちなので、私自身の学生時代と重なるところはあまりないように思います。

 ――赤染さんが小説を書くきっかけ、何故書くのか、何を書きたいかを教えてください

 私自身が生まれ育った京都の街をユーモラスなかたちで人に伝え、現代の文学がテーマとしている言葉やアイデンティティーという問題を私自身も探究したい、という思いがあって小説を書いてます。今後もそういったテーマについて具体的な物語、時代、地域に根ざして書いていきたいと思っています。

 ――大学院で北大に進まれて、北海道と京都の違いを感じられたと思いますが

 北海道は私の人生で故郷以上にかけがえのない場所になっています。北海道での生活がなかったら京都を再認識することは絶対なかったので、北海道に育ててもらった部分はあると思っています。

 ――作品の背景に「エースをねらえ!」などの少女漫画の世界や宝塚などがあると思うのですが、赤染さんの表現には何が影響を与えていると考えられますか

 一番影響を与えているのは、生まれ育った京都のちょっとこってりしたメンタリティーだと思います。少女漫画などのエッセンスについては、学生時代にすごく女子学生が多い中で自由に青春を過ごせたことも影響していると思います。

 ――仕事以外で趣味や息抜きは

 本を読むこと、ラジオを聞くこと。本は日本の同世代の若手の作品を読むのが今はすごく好きです。ラジオはやっぱり地元の関西のをよく聞きます。なんとなくつけて流しているという感じなんですけど。

 ――選考会で、日本人がユダヤ人のこの問題について書く資格があるのかどうか、ということも話題にのぼったと選考委員の小川洋子さんがおっしゃっていました。ご自身の中で葛藤(かっとう)はありましたか

 その難しさはこの作品にとって大きな壁だったんですが、アンネ・フランクのイメージがロマンチックに受け止められすぎているという点、日本は特にその傾向が大きいと言われているので、その意味で日本人の私がこのテーマに取り組むことには十分意義があると思いました。

 ――小説の中で「血を吐く」という言葉が出てきます。デビューの頃にも「血を吐く思いで文学をする」とおっしゃっておられました。改めて、受賞されての文学への思いを教えてください

 「血を吐く」という言葉通り、本当に真摯にこれからも文学に向き合っていきたいと思います。

■中島京子さんの会見

 ――今のお気持ちを

 とても、うれしいです。この会場に来たらすごく大勢の方が拍手で迎えてくださったので、聞いてはいたものの、大変オオゴトなのだということが少しずつわかりかけて、緊張してまいりました。

 ――受賞の知らせがきたときは

 ひとりで自宅で待っていたんですけど、もっと遅い時間かと思って油断しておりましたら、割と早い時間に電話が鳴って「受賞です」っていうお話が耳元であって。「うあー」という感じ。びっくりというか、とても日常的な作業だったので、切ってから「今のは何だったのかな」みたいな、空耳ではないですけど不思議な感じでした。

 ――今、実感はありますか

 そうですね。(取材陣を見回して)こういうことになっているからには「うそではないだろう」と思っております。(場内笑)

 ――初めての候補での受賞です

 そうですね。びっくりしました。ただ、初めてだとどう、ということもあまりよくわかりません。賞の候補になるのはとても光栄なことですが、候補になった後は自分で何かできるものではないので。いろんな方から「いやあ1回目はなかなか難しいから」「でも何パーセントの人が1回目で受賞している」とか教えていただいたんですが、聞けば聞くほど予想もつかないものなんだろうと思っておりました。

 ――出てくる人物のリアリティーがすごい。モデルはいるんでしょうか。史実や資料を読みながら自分の中で熟成されたのですか

 具体的なモデルはないです。この本の前に「女中譚」という本を書くため昭和の女中さんの話をたくさん読んでたんですね。昭和の作家が書いた女中小説を読んで「昭和の女中さんってこんな感じだった」って自分の中で醸成されるのを期待したんですけど、意外に作家によって女中像が限られていて、それが参考になったかというと……。人物の造形という意味では、本当に自分の中で作った人物です。ただディテールに関しては当時の新聞とか雑誌とか日記とかいろんな資料にあたって、それで自分の作りたかった人物像を肉付けしました。

 ――「この作品に全力投球して、また新しいやりたいことが見えてきた」とおっしゃってましたが、具体的にはどんなことを

 具体的には……それは秘密です(笑)。担当の編集者さんにも何を書いているかあまり言わなかったりするので。口に出した途端につまらなそうな気がしてきて「こんなの書いてもなあ」とか思ってしまったりするので、あまり言わないようにしているのですがよろしいでしょうか。

 ――奥様と女中が登場しますが、登場人物にご自分を投影されているのでしょうか

 あまり自分を反映していないのではないかと思います。特にどちらのキャラクターにも自分自身を反映させたという意識はないです。

 ――林真理子さんの選評の中で「資料の読み込み方が上手で、大変滑らかに組み込まれている」と評価がありました。コギャル雑誌の編集者だったりした経験がつながっているのでしょうか

 コギャル雑誌の経験は、どうですかねえ……(苦笑)。学校が歴史学科だったので資料を読むことはすごく好きで、苦にならないというより楽しい。図書館や古本屋さんで古い資料を見つけるのはむしろ好きな作業で、今回の作品に関してはそれをとても楽しみながらやったという感覚があります。うまく作品に生きたのであればうれしいです。

――昭和の女中を書くことによって、戦前・戦中という、戦後世代にとっては難しい時代をお書きになりました

 その時代について何となくイメージで知っているものと、実際どうだったかというのがちょっと違うというか……うまく言えないんですけど、実際当時を生きていた人たちはどんなことを考えてどんなふうに体験していたんだろう、という素朴な関心があったので、資料を読みながら「こうだったのかな、もしかしたらこうだったのかな」って探っていくような作業でした。

 ――今の世代がこの時代のことを書かなければならない、という使命感があったんですか

 私は今46歳ですが、おばあちゃんとかが生きていた子供の頃、うちは父の兄弟が多かったのでおじおばが大勢いて、集まるとそういう話をたくさんしていたんですね。その人たちが集まって戦時中の話を始めると「またー」と思って面倒くさかったりしたんですが、みんなもう鬼籍に入ってしまいました。両親は健在ですが年老いており、今書いておかないと両親やその世代の方に読んでもらえない、書くなら今だねとみたいな気持ちはありました。その時代のことを知りたかったのと、書いておくなら今だという気持ちがあったので。使命感とはちょっと違うかもしれませんが「やんなきゃ」って気持ちはありました。

 ――女中というと「おしん」のように苦労したイメージがあるが、あまりそういうところは描かず、清々しく描いた印象を受けた。女中の生活よりも中産階級の暮らしを書きたかったのか

 個人の体験は千差万別で、すごく苦労されてつらく感じた方も多かったと思います。この小説は彼女(女中のタキ)の手記というかたちを取っているので、どうでしょう、嫌なことを書かなかった可能性もありますし、彼女の中で美化しているところもあるかもしれません。そのことを強調しようと思っていませんが、その時代の中流家庭の生活を再現しようという意図はありましたね。

 ――今後どういったものを発信したいですか

 そのときそのときでやってみたいこととかが違うので……。デビューの時からずっと「このテーマ、手法で書いたら面白そうだ」というやり方でものを書いてこられたことはすごくラッキーでした。これからも、自分で何かやってみたいことを次々見つけて挑戦していく、そういうスタイルで書いていくと思います。

 ――受賞後、撮影のフラッシュの中で自分の本を手に取ったときの感触、存在感は違いましたか

 まったく同じですね。

 ――「FUTON」でデビューして7年になりますが、長かったですか

 どうですかねえ。そんなに長くはなく感じます。「えーっもう7年?」という感じ。書き続けてこられたのは幸い良い編集の方に出会ってのびのび書けたからで、ラッキーだったかもしれないと思っています。

 ――手記から始まる今回の作品は、とてもテクニックをうまく使われていると思います。影響を受けた作家はおられますか

 影響を受けた作家さんはとてもたくさんいると思います。デビューのときから時間が交錯したり入れ子状になったりというのは書いています。

 ――直木賞受賞は執筆活動にどんな影響があるでしょうか

 うーんと、直木賞を受賞すると「大変だよ」とかいろんな方がおっしゃいますが、どういうことが起こるのかもまだよくわかりません。ただ、きょう受賞してすぐに多くの方からメッセージをもらった中で「自由に書けるようになりますね」というメールがありました。私は今まで不自由だと思ったことはなかったけど、作家にとって受賞はとても大きなこと。何かひとつハードルを越えたところで、楽というか自由度を獲得できるのであれば、それはすごくうれしいことだな、と思いました。

表紙画像

小さいおうち

著者:中島 京子

出版社:文藝春秋   価格:¥ 1,660

表紙画像

女中譚

著者:中島 京子

出版社:朝日新聞出版   価格:¥ 1,470

表紙画像

FUTON (講談社文庫)

著者:中島 京子

出版社:講談社   価格:¥ 680

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