「勉学の秋」に向けて教養を仕込んでいきたい季節です。美しい日本語がテーマの本が売れていますが、ベストセラーに出ている言葉を使うとすぐに出典がバレてしまう……ほとぼりが冷めるまで別の方向からボキャブラリーを増やしていきたいです。
「高校生のための評論文キーワード100」には、知ってるつもりでいたけれど実は意味がわかっていなかった、目に痛い単語が多数収録されています。「アイロニー」「カタルシス」「レトリック」……。持っているところを人に見られぬようにしてこっそり熟読したいです。
いっぽう、持っているだけで頭が良く見える本は、ルビがふっていないと読めないタイトルの「酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)」。中国の知識人「酔古堂」氏が古典からセレクトした名句を、安岡正篤氏が現代語に訳し、解説しています。酔古堂氏も相当な教養の持ち主ですが、明治生まれの安岡先生(故人)も彼に劣らず行間から長老の風格を漂わせています。
「人生、寄(き)の如きのみ」という言葉を取りあげて、「古来の名宰相と言われたような人を深く観察してみると、共通して良い意味の(中略)虚無感を持っています」と説き、現代の政治家は宰相学を学んでいないからリーダーの素質がない、と批判。「本当の道の学問、徳の学問というものをやらなければいかん」という長老文体には、居住まいを正さずにはいられない貫禄(かんろく)が……。
「このごろ、人の論文なんか見ていると、物知りじゃなと思うような論文があるが、結局何もわかっておらんのが実に多い」「若造の生意気なのは、年寄りの偉ぶっているのと同じようにいけない」といった調子で、おじいさんに教え諭されているような文体が妙に心地良い一冊です。今の若者も、老人になったら「じゃな」とか「いかん」とかいう言い回しが自然と身に付くものなのでしょうか。
「新訳 ロミオとジュリエット」にも、クラシックなセリフが多く、ここぞという時に使えば教養をアピールできそうです。「この唇から罪が? なんという優しいおとがめ。その罪を返してください」と、詩的な誘い文句で何度もキスするロミオとジュリエット。やりたいことは現代人と一緒ですが、美しい言葉は使いようによっては媚薬(びやく)にもなるのです。