『ジャンキー・ジャンクション』は、ヒマラヤ登山の小説だ。
〈俺(おれ)は熱いカップを両手で包みこむようにして、たっぷり入ったミルクティーに息を吹きかけた。唇を火傷(やけど)しそうなほど熱かったが、それでも天国の飲物(のみもの)のようにうまかった〉
日常生活におけるミルクティーやチョコレートは単なる嗜好品(しこうひん)に過ぎない。だが、吹雪と薄い酸素の極限状況のなかでは、一杯のミルクティー、一枚のチョコレートが異様に輝いてみえる。全く同じモノたちが、人間の命に直結することで、その質感を大きく変化させたのである。
その延長上で例えば遭難によって死に直面したときなどに、世界全体がその質感を変えて、啓示的な意味の輝きを帯びることがあるらしい。本書には、そこから生還した人間を別人に変えてしまうような体験のプロセスが精密に描き出されている。
『BRAIN VALLEY』は、最新科学の知識と想像力によって、臨死体験による幻覚的な啓示の謎に迫ろうとしている。全(すべ)ては「脳」がみせる幻なのだろうか。「脳」がみせる幻と現実の間にはどんな違いがあるのか。読み進むうちに次々に湧(わ)いてくる疑問が物語のなかで解消され、さらなる疑問に結びついてゆく。その加速感が心地よい。
『「死ぬ瞬間」をめぐる質疑応答』は、『BRAIN VALLEY』にも名前が出てくる精神科医エリザベス・キューブラー・ロスが、臨死患者のケアについての質問に答えた本である。数百人の末期患者へのインタビュー体験と誠実さを併せ持つ著者にしても、生と死のぎりぎりの波打ち際で発される問いかけに答えることは、決して簡単ではない。
〈患者の家族から、「彼は苦しみながら死んだのですか」とか、「彼は死ぬ間際に私の名前を呼びましたか」などと尋ねられたら、本当のことをお話しになりますか〉
〈私は、患者が本当に名前を呼ばなかったのなら、呼んだとは言いません〉
〈たとえば患者から「自分はなぜ死ぬのだろう」と訊(き)かれたとき、先生なら何と答えますか〉
〈わからないと答えます〉
この「わからない」の絶対的な無力さに感動する。