良きにつけ悪(あ)しきにつけ「勝ち組」の象徴だったライブドアに強制捜査が入ったのは、堀江社長が歌手デビューするというニュースが報じられた十日後のことだった。疑惑の解明への興味はもとより、『ヒーロー』と仮題が付いていたデビュー曲の歌詞がどんなものだったのか気になってしかたないのは、歌にまつわる二冊の本を読んだせいかもしれない。
『子守(こも)り唄(うた)の誕生』が論じるのは、寝させ唄・遊ばせ唄・守り子唄の三つに大別される子守り唄の中の、守り子唄——〈子守りの少女らの自己慰安のモノローグ〉。一方、復帰前の一九六四年から六五年にかけて沖縄・八重山諸島を経巡ったルポルタージュ『新南島風土記』にも、それぞれの島で歌い継がれてきた数々の歌が紹介されている。生まれ故郷を離れて子守り奉公に出された少女たちの思いが詠み込まれた守り子唄も、過酷な人頭税やマラリアに苦しめられてきた八重山の記憶が見え隠れする島唄も、たとえ旋律を書物から聞き取ることはできなくとも、その物悲しさは文章のはしばしから伝わってくる。
だが、二冊が描くのは決して悲哀だけではない。哀切な「五木の子守唄」の秘密を解き明かす『子守り唄の誕生』は、守り子たちの〈いま/ここに生きてある現実を、そのままに引き受ける〉意志のみなぎる「宇目の唄げんか」にも一章を割く。『新南島風土記』もまた、為政者や抑圧者への抵抗をストレートに訴えた歌だけでなく、〈庶民のもつ図太いユーモアを母胎とした痛烈な諷刺(ふうし)〉に満ちた歌への目配りも忘れてはいない。
弱くて、悲しい。しかし、おおらかに強い。「勝ち/負け」で分けられるはずもない、ヒーローならざる庶民のしなやかなたくましさは、金沢城址(じょうし)の池に棲(す)む千五百匹余のヒキガエルを九年間にわたって調査した『金沢城のヒキガエル』にも横溢(おういつ)している。さすがにカエルの歌は紹介されていないものの、なんとものんびりしたヒキガエルの生態と、著者のユーモラスな筆致を味読していると、いつしか、草野心平のカエルの詩が思いだされてくるのだ。「われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする」(「ごびらっふの独白」)なんて……時代の寵児(ちょうじ)と呼ばれたひとに、逆風の吹きすさぶいまこそ、歌ってほしいんだけどな。