ある保守派の論客と会って日米関係の話題に及んだ際、同時に鞄(かばん)から取り出し合ったのが、『騙(だま)すアメリカ 騙される日本』である。独自の国際戦略研究所を立ち上げて間もない元外務官僚の、身も蓋(ふた)もない指摘に凍りついたばかりだった。
〈私たちが生きる戦後日本の「すべて」が、アメリカ合衆国(米国)の対日国家戦略の決定的な影響力の下にある。私たち日本人は、知らず知らずの間にその目に見えない「構造」の中で生まれ、生き、喜び、悲しみ、そして死んでいく〉
馬鹿馬鹿しすぎる現実を、今度こそ直視しよう。あれほど喧伝(けんでん)された日米貿易戦争が跡形もなくなり、日米同盟こそ絶対の価値とされるに至ったのは、なぜか。
本書によれば、米国のパワー・エリートの意志がまずあって、これを日本国民に伝達・浸透させてきた“知識人”たちがいる。彼らこそが、たとえばアジアの通貨危機を利用しては、この国を「構造改革」というマジック・ワードに引きずり込んできたのだ、と。
日本の国富を根こそぎ奪い尽くす戦略の決定打が、そして竹中平蔵・現総務相肝煎(い)りの「IT革命」だったという。電子政府といいGPS機能付き携帯電話の普及といい、揚げ句の果ての郵政民営化といい、よくもまあ小泉政権は何もかも米国の思惑通りに働いてくれたものだ。
時に陰謀史観めいた記述に陥りがちな欠点は否めない。ここまで来たら米国式の戦略モデルを徹底的に習得すべし、対中国の過去に対する感傷も必要ない、などとする結論には強い違和感も覚えた。
それでも、ともかくも日米間の真実を知ることから始めるしかない。右や左を言い争っている場合ではないのだ。
『沖縄現代史 新版』は、十年前に書かれた名著の全面改訂版。三人の米兵による少女暴行事件を契機に湧(わ)き上がったが停滞し、今また再生しつつある基地の島の民衆運動の実相もまた、可能な限り多くの人々に理解されなければならない。
ホリエモンのような俗物を、虎の威を借りて叩(たた)くのは、もうよそうではないか。小泉構造改革がいかなる社会を構想しているのかは、一九九〇年代末に本格化した貸し渋りや貸し剥(は)がしによる中小企業潰(つぶ)しで、すでに明らかだった。これまた実は六年前の作品が『金融庁が日本を滅ぼす』として、文庫化された意義である。