ここ10年ほどですっかり耳慣れた言葉になったグローバル化。でも、それっていったい何なのか。万華鏡のように多様な表情を持つこの現象に、どう対処すればいいのか。米国ハーバード大などの俊英たちがこれらの問いに切り込んだ研究報告書の翻訳である。
まず、グローバリズムを「相互依存関係の網の目(ネットワーク)がいくつもの大陸にまたがって広がっている世界の状態」と規定する。ネットワークを構成するのは、人間だけではない。資本や財、情報や考え方、そして環境汚染物質、病原体も加わる。これらすべての構成要素が国境を越えて動き回り、互いに作用・反作用を繰り返す。
では、グローバル化とは何なのか。この点については比較的シンプルで、グローバリズムが拡大するのがグローバル化で、縮小するのが反グローバル化だと定義している。
もちろん、グローバル化は今に始まった現象ではない。東西文明の交流、大航海時代、帝国主義時代など、いくつもの類例が存在する。ただ、大事なことは「グローバリズムがどのくらい古くからあるか」ではなく、その時代のグローバリズムが「厚い」か「薄い」かであるというのが本書の基本的な視座である。
「希薄なグローバル化」の一例は、シルクロードだ。東西交流を促したシルクロードではあるが、往来したのは「少数の果敢な商人」であり、交易品に「直接的影響」を受けたのは「主として沿道の限られた富裕層の消費者」でしかなかった。これに対して今は、歴史上最も「厚みのあるグローバル化」の真っただ中にあり、経済、軍事、情報通信、環境問題などの分野における「大規模で絶え間ない動き」が、多くの人々の暮らしに影響を与えている。
ところで、現在進行形のグローバル化が抱える諸問題の管理、統治には、従来と異なる行動様式を求められる。高度にネットワーク化が進み、諸問題がネットワークを通じて伝搬、拡散する傾向が強まる。臨機応変に対処していくには、国家やその他の行動主体(企業や市民社会など)が共同行動、協働作業の担い手として連携を強め、ネットワーク力を高めなくてはならない。
テロ集団、病原体、環境汚染……問題の原因と結果がグローバル化に便乗して広がるのか、対応する側がネットワークを活用してグローバル化に伴う不利益を最小化し、利益を最大化するのか。それは双方のネットワーク力の壮大な葛藤(かっとう)にも見える。
振り返って見て、日本のネットワーク力は大丈夫なのか。むしろ、国家と他の行動主体の階層的な上下関係が緩まないままではないのか。狭い国益観、古典的な主権国家観の殻に閉じこもっていては、時代にマッチしたネットワーク力を身につけられないことは確かだろう。