グールド書を多く訳している著者による初の評論。
バッハ「ゴルトベルク変奏曲」の録音の比較が面白い。54年収録の「主情的」なライヴ録音。翌年のデビュー盤の「超越的」演奏。死の前年に再録音された「超・超越的」演奏。
この間グールドは、内的カンタービレを削(そ)ぎ落とし、「触感の慶(よろこ)び」も封印し、独自の方法でテキストを再構築して「演奏のマニエリスム」を完成させた。
著者は、グールドのこうした禁欲主義や客観主義、批評性を、カナダという国の特性に照らして論じる。
アメリカンドリームの対極にあるカナダは、競争原理をすり抜けて超越の方向に向かう。公開演奏を拒否し、録音活動に限定したグールドの身振(みぶ)りも、決して負け犬精神ではなく、優れた発想の転換なのである。
「(北の謎とは)ネガティヴな自然の中でポジティヴな思想を醸造する発想です」というグールドの言葉が、そのことを裏づける。