すさまじい取材の嵐を体験し、やがて犯罪被害者の救援活動に生きがいを見出(みいだ)した一人の女性が、心を通わせるようになった女性記者に持ちかけた。「一緒に考える場をつくれないでしょうか」
その女性、地下鉄サリン事件で霞ケ関駅助役だった夫を亡くした高橋シズヱさんの働きかけで始まった、新聞・通信社などに籍をおく取材者たちの「学び」の記録である。事件や災害の被害者を招いた勉強会は、4年間で15回に及んだ。何を学んだか。集まりの世話役で、編者の一人である河原記者によれば、集団的過熱取材の問題であり、「型にはまった悲劇報道」への異議であり、取材される人々への説明不足だ。
大阪・池田小事件の被害者の父親は「取材陣への嫌悪と恐怖」を語り、大切な葬儀の場などをかき乱された体験を痛切に述べた。中華航空機墜落事故の遺族の女性は「何も考えていない記者」と「頭のなかで記事ができている記者」への苦言を呈し、「脚色した犠牲者像ではなく、現実を」と強調した。
印象深いのは、高橋さんら被害者の側に「本来、敵対関係ではない。取材者と手を携えあえば、原因の追究や問題点の発掘、救済の前進が図られる」と、報道への建設的関与を望む声が強いことだ。よってたかっての「し過ぎる」報道への非難だけでなく、問題の追究など、して欲しい報道は「し足りない」という痛烈な批判がこめられている。
犯罪被害者等基本法が昨年末に制定され、日本でもようやく犯罪被害者への本格的な支援が重要な政策課題となってきた。しかし、報道による二次被害の問題は、日本新聞協会などによるささやかな改善はみられるものの、メディア全体の動きは依然鈍い。こうした学習活動に参加しないような大多数の取材者にこそ、モラルや意識の底上げが必要なのだ。
さまざまな姿で突発する事件や災害の取材に、共通の定理はない。取材者は常に被害者に寄り添えばいい、というものでもないと思う。しかし、生活者の常識と、相手の話に耳を傾ける誠実さは、最低限欠くべからざるものであろう。