あの帝政ロシアの「怪僧」になぞらえられたというと、鈴木宗男元衆院議員と結託して、日本の対ロシア外交を裏から操ろうとしたおどろおどろしい人物がイメージされる。だがその実像はどんなか。500日余の勾留(こうりゅう)と懲役2年半(執行猶予4年)という一審判決を受けるにいたったその罪は一体何だったのか。
著者は官邸の特命事項として、日ロ平和条約の締結をめざす情報活動に従事していた。大学で神学を学び、国際的にロシア政治にかんする情報交換の網を張り巡らし、手帳のしみや人のしぐさなどの映像を手がかりに過去のメモや会話を想起する能力を持った異才だ。当然、組織の中に嫉妬(しっと)に駆られた敵が出来る。
イスラエルのロシア専門学者を公金で「過剰接待」したなどということが、逮捕当時、巷(ちまた)に流布された。しかし政治やアカデミアの世界におけるロシアとイスラエルの密接な関係を考えると、いささか腑(ふ)に落ちない理由だった。案の定、著者は担当検事から「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです」と告げられる。著者が再現する検事との駆け引きは、ドストエフスキーの『罪と罰』を彷彿(ほうふつ)とさせる。
政治権力を金に換え、北方領土で妥協的な態度をとった腐敗政治家として鈴木宗男氏を断罪することによって、この国策捜査は日本の国家政策における二つの変化を確かなものにしたと著者はみる。国内的にはケインズ型平等分配路線(いわゆるバラマキ)からハイエク型の新自由主義へ、外交的には地政論的(ジオポリティックス)な対ロシアを含む国際協調から排外的ナショナリズムへの、パラダイム転換だ。議論の余地はあるが、時代の一つの読み方ではあるだろう。
ワイドショーや中吊(づ)り広告が作り出す「世論」は、特別捜査に正義の味方として喝采(かっさい)を送りやすい。だが国のかたちとして、検察の本来の役割は政治的に中立な犯罪の糾明にこそあろう。政治自体が時代のけじめをつけうるようになるには、国民の政治的成熟が必要なのか。