著者は脳を工学的に実現したいと考え大学院を出たが、学問の閉鎖性に失望し、実業界に転じた。有名なパームパイロット(携帯情報端末)などで成功した富をつぎ込み、02年にはレッドウッド神経科学研究所を設立し、初志に戻った。行き詰まった人工知能の考え方を脱し、脳の働きを統合的に理解し、その機能を実現しようとしている。この新技術により、将来巨大な産業が展開するとし、今日のPC業界における、インテルやマイクロソフトに相当する企業が、10年以内に出現すると予言している。
著者と私は、共通点が多すぎる。世界最初の手書き文字入力の「パームトップ・コンピューター」は、著者より6年前に私が商品化した。その後、犬のようなロボットAIBO(アイボ)、二足歩行ロボットQRIO(キュリオ)を開発し、作り込みによる知能の限界を知った。そして、身体性に基づく新しい人工知能と脳科学を統合した学問「インテリジェンス・ダイナミクス(動的知能学)」を提唱し、その名を冠した研究所を昨年設立した。意図するところは、寸分たがわない。
本書で著者は、大脳新皮質の機能について大胆な仮説を提示している。それらは必ずしも新しくはないが、実験的に確認されていることを、無理なく強化、拡張しており、一流の研究者の素質を感じさせる。従来は知能を行動から定義して失敗してきたが、記憶から見るのが正解という。そして、抽象度や全体/細部、時間変化の大きさなどで、いくつかに階層化された構造の中で、上昇していくセンサー情報と下降していく記憶からの予測がせめぎ合う、という認知の機構を提唱している。よくわかっている体験ほど下の層で両者が一致し、まったく未知の体験は最上層を抜けて、海馬に達するという。まだ検証はされてはいないが、正直いって「ウーン。マイッタ!」というところだ。私の直感は、「その通り!」とささやいている。
パームトップでは、私が早過ぎて一敗地にまみれた。動的知能学の勝負も容易ではない。本書を読むと壮絶な日米間の脳をめぐる戦いの観客になれますゾ!