東南アジアの熱帯林には、一年に一度、ホタルの木が出現する場所があるという。一本の木に無数とも思える数のホタルがとまり、クリスマスツリーの電飾よろしく、いっせいにシンクロ(同期)して明滅をくり返すのだ。さぞやロマンチックな光景であるにちがいない。
それにしてもなぜ、ホタルの雄はシンクロするのか。それに関しては、以前から、交尾相手の雌を引き寄せるため(雄どうしのコンテスト)とか、捕食者回避(みんなで渡ればこわくない!)など、生物学的な説明がなされてきた。問題は、どうやってシンクロするのかである。個々のホタルが全体を見渡して意図的に同調するのは不可能だろうし、単純に隣のホタルに合わせるだけではウェーブができるのが関の山である。
じつは、指揮者もいないのに複数の周期的な活動がシンクロする現象はホタルにとどまらない。心臓の細胞から天体の運動まで、生物無生物を問わず広く見られるのだ。このような広範にして複雑怪奇な現象を扱うにあたっては、数学が有力な武器となる。実際、非線形微分方程式という、聞いただけでも怖(お)じ気(け)づきそうな数学の力を借りると、ホタルの謎を解く光明が見えてくる。
むろん、ホタルが方程式を解いているわけではない。ホタルはただ、最初は個々ばらばらに周期的な明滅をしているだけである。ところが、互いにコミュニケーションし合いながら明滅周期を変えているうちに、突然、すべての明滅周期がシンクロするということが、実際に起こってしまうのだ。そのような現象を数学的に予測したのが、本訳書の監修者である蔵本由紀・京大名誉教授であり、それを実証したのが著者ストロガッツだった。
著者はまた、最近話題の、世界のすべての人は六人の仲介者によってつながっているという「スモールワールド問題」を実証した研究者の一人でもあり、シンクロ現象とネットワーク理論の第一人者である。
しかし本書は、数式だらけの無味乾燥な本ではない。それどころか、数式は一つも登場しない。著者は、「シンクロ」という言葉をキーワードに、脳波、体内時計、神経系、レーザー、超伝導、月の公転、小惑星帯など多様な自然現象に見られる不思議な秩序の謎を、多彩な比喩(ひゆ)を駆使することにより紹介してゆく。きら星のごとき先駆的研究者の愉快な逸話もちりばめられており、サービスも満点の好著である。
専門外の人に科学を語る場合には、巧みな比喩が欠かせない。本書では、「原子をユニゾンで歌わせる」というしゃれた比喩も紹介されている。これは、たくさんの原子がシンクロする「ボース・アインシュタイン凝縮」の研究が、ノーベル物理学賞に輝いた時のプレスリリースの一文だという。スウェーデン王立科学アカデミーもやるもんだ。こういうセンスを日本の科学界にもぜひ定着させたいものである。本書を読んでそんなことまで考えてしまった。