著者のヒールはかつて30代の若さで一流の経済学学術誌の編集長を務めた理論経済学の俊英であったが、その後興味を環境問題や証券経済学に移した。本書を書いていた頃には、スタンフォード大学でエーリックやケネディなど現在環境学をリードする生態学者や生物学者と学際的なワークショップを持った。こうして、経済学と生態学のフロンティアの成果を見事に統合し、一般向けの読者にたいし、複雑で、奥の深い環境問題を解きほぐしてくれる一書がなった。邦題の「はじめての」という形容詞は、単に「入門」というだけでなく、これまでに「類のない」という意味にもとれる。
著者はまず自然生態系を大気や水の浄化から始まって、「人間精神を高揚させる審美性と知的刺激の供与」に至るまでの多様なサービス機能を果たす、人間社会に必要な「社会基盤」(インフラストラクチャー)ととらえる。この社会基盤の管理、いわば地球版の家計管理のメカニズムとしては、規制のような動機づけを欠いた強制手段より、環境を保全することが利益に繋(つな)がるようなインセンティブの仕組みがより有効だと論ずる。
そういう議論を展開するのに、単に経済学のロジックを機械的に応用するのではなく、集水域の保全、エコツーリズム、生物多様性などについての具体例や最新の研究成果がふんだんに援用される。たとえば、熱帯動物のハンティングの商業化など、純粋な環境保護主義者は憤慨するだろうし、私自身も参加はご免被りたい。しかし、それが環境変化にたいする保険や情報の供給源としての生物多様性の保存にいかに役立っているか、の説明には、思いがけない説得力がある。
著者の証券経済学者としての学識は、市場化され得ない環境評価をどう達成するか、という議論に生かされている。他方、社会基盤の持続可能性という問題は、現在便益に比して将来便益を割り引く経済的インセンティブ枠組みの下では十分に解けない(必要であるが)、世代間の公平性の問題だとも述べられる。
翻訳もよい。環境問題に関心のある人々に広く薦めたい本だ。