日露戦争が終わった1905年、清朝は隋唐の時代から延々と続いてきた伝統の科挙制度の廃止に踏み切る。
それから間もない近代の曙光(しょこう)がほの見える20世紀初頭の北京で、この物語の主役となる呉家の3兄弟は誕生する。
父は福建省の名家の出だが平凡な一官吏。父親が清朝高官である母は、その時代の上流家庭では珍しく纏足(てんそく)をしない近代的な女性だった。
呉家は結核を患った父の若死にによって傾くが、長男呉浣は官吏に、次男呉炎は文学に、そして早くから才能を見いだしていた三男に父は碁石を与え、その道に進むことを遺言する。
この末弟が本書の主人公の呉泉。昭和の囲碁界でほぼ無冠ながら最強棋士に数えられた呉清源、その人である。
その後の兄弟の歩んだ道は日本と中国、および満州国と台湾を含めた激動の北東アジア現代史に翻弄(ほんろう)され、まことに起伏に富んだものとなる。
長男呉浣は日本の大学を出て満州国官吏となるが、終戦直前に台湾へ。だが傀儡(かいらい)国家で働いた履歴が傷となって公職につけず、渡米して生涯を終える。
大陸にとどまって苦学し、最も意志的に生きた次男呉炎は、抗日戦争を戦って共産党に入党。建国後は大学教授となるが、政治運動のたびに兄弟との関係をとがめられ、批判の対象となった。
そして呉清源は「日中親善」のために14歳で来日。以後、四辺がそれぞれ19路、目の数361の碁盤を「宇宙」と考え、ひたすら技を磨くことに没頭するが、国籍選択や漢奸(かんかん)(売国奴)批判、信仰や健康の問題など、身辺は必ずしも静穏なものではなかった。
「一人は家族のため、一人は祖国のため、一人は己の才能のため」に生きたと著者が言う兄弟の自由な往来が実現したのは、20世紀も終わりに近づいたころのことだった。
著者は呉清源との足かけ5年におよぶ対話を重ね、今年で93歳になる呉炎を天津に、82歳で台湾に独居する末の妹を訪ね歩いた。丹念に再現された「歴史と人生」のからみ合いが興味深い。