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[掲載]2005年05月29日[評者]苅谷剛彦
高校野球の聖地、甲子園のベンチに女子マネージャーが入れるようになったのは、1996年以後だ。なぜ以前には許されなかったのか。許された理由は何か。ここには、朝日新聞を舞台にした、女性差別をめぐる議論のねじれた展開があった。この謎解き一つとっても、女子マネージャーがジェンダー研究の鋭い切り口になることがわかる。
男子中心の運動部に女子マネージャーが登場するようになったのは、60年代からだ。そこにはどんな時代変化があったのか。メディアの変化を追いながら、著者は運動部や男女間の関係の変化に迫る。
とはいえ、彼女らを、(マンガ『タッチ』の南ちゃんに影響された)可愛く男に奉仕する存在として見る、ありきたりの分析ではない。スポーツを通じた男たちの「友情」を女性はどう見るのか。女子マネージャー的なまなざしを手がかりに、同性間、異性間の関係を読み解く。そこに本書の発見がある。
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