私たち日本人には調和のある美しい町をつくる能力や、集まって住み都市生活を皆で楽しむセンスが欠けているのだろうか? ロードサイドの郊外型大規模店舗が流行(はや)る一方、中心市街地が寂れる地方都市の風景や、逆に都心回帰で高層マンションが既存の町を壊している近年の東京都心の状況を見るにつけ、悲観的にならざるを得ない。
「いや、そんなことはない」と考える建築史家が、日本人が本来持つはずの都市に住むスピリットを、歴史を遡(さかのぼ)って描いたのがこの本だ。舞台は、我が国でも圧倒的に長い都市の歴史を誇る上方の堺、京都、大坂。生活文化の先進地でもある。
その三都市の違いが面白い。ヨーロッパ宣教師が「日本のヴェネツィア」と呼んだ堺の商人たちは、その自由な空気の中、豪華な町家だけでは飽き足らず、想像力を働かせ数寄屋風の草庵(そうあん)茶室を創(つく)り出し、新興都市に魅力を加えたという。
都の京都は、店と住まいが一体化した「町家」を完成させ、統一感のあるエレガントな町並みを生んだ。「うなぎの寝床」のような奥長の敷地の中に、空間も材料も無駄なく生かす合理的な設計で、住みやすく、しかも美しいデザインの建築が出来たのだ。その集合から生まれる景観がまた見事。日本の都市の問題は、「町家」を超える現代の都市型建築がいまだ現れていない点にあると言われる。
商都大坂は、より発達した活気ある大衆都市。効率よく建てられる表長屋形式の町家が多く、また借家が圧倒的だったという。見栄(みえ)や外聞より実をとり、都市を楽しむ文化があったのだ。
今の日本人が失ったのは、「家」にではなく「町」に住むという感覚だ。かつての町には会所を中心に自立した営みがあった。また、ハレの場を生む祭りがあってこそ、人々の絆(きずな)が深まり町への愛着も生まれた。そして遊興の場を特に発達させたのが大坂。芝居や見世物(みせもの)、花見ばかりか、店先を覗(のぞ)き町並みを見て歩くのも楽しみだったという。都心の高層マンションや郊外住宅地の建設だけでいい町ができないのは明らかだ。町に住まう過去の知恵を現代に生かしたい。