六本木の超高層マンション上層に住居を構える家庭に招かれた。驚いたのはすぐ向かいに超高層ビルが軒を並べていたこと。四十数階の上空なのに、互いに人の顔が識別できた。何にも遮られず富士山を眺めるには、それ以上の高さに住むしかない。いまや富士の絶景は金持ちの専有物になってしまったのだ。
都市空間の再分配は、なんぴとにも平等に行われねばならない。ところが小泉政権の「都市再生」政策では法を制定してまで過剰な規制撤廃を行い、不動産開発業者は望むままに二○○○年以降だけで二百棟を超す超高層ビルを建設している。一部企業と富者だけが優遇されているのである。
豊かな都心(東京では総武線以南)で景気が回復すれば貧者や地方にも波及する、という浅ましい理屈が透けて見えると著者らは言う。そうした理屈を持論とする政府寄りの都市プロデューサーは、サッチャーが市の都市計画権限を奪い取ってからロンドンでビル建設が可能になったという逸話を持ち出している。だが本書は、近年の欧米の都市政策の潮流が、そうした誤解とは正反対に向かっていることを明快に論じている。
中低層ビルの作る景観が愛されてきたロンドンではここ数年、超高層ビル建設の是非をめぐって大論争が勃発(ぼっぱつ)し、反対派にはチャールズ皇太子も加わって、建設許可は疲弊した地域で下りることとなった。美しく再生した都市として「世界のモデル」とまで評されるバルセロナは、東京と同じく財政難でも「官が空間を民が建物を」の方針で成功した。「スマートな成長」をめざすアメリカでは、州に強力な土地利用規制権が与えられている。いずれも、コミュニティーに属するすべての人が空間を享受できるよう工夫している。
巻末には日本で下町の暮らしを破壊せずに木造密集地の再生を可能にする試案が掲げられている。土地の所有と利用を分離するのがミソ。高層ビルの人口密度は、三階建ての低層集合住宅で置き換えられるという説には目を見張った。都会暮らしに希望が湧(わ)く書である。