1866年の夏、上海・黄浦江にいかりを下ろした外航船から2人の「日本淑女」(地元英字紙の表現)がふ頭に降り立った。著者は、その2人が「おそらく近世以来中国へ渡航した最初の日本女性である」と考えている。
この年(慶応2年)、幕府は200年続けた海禁政策を解除。学問と貿易のための海外渡航を認める。2人は政策転換の恩恵にいち早く浴したわけなのだが、その正体は「普通の日本婦人が女性たちだけで視察や見物のために上海へ渡航するとは考えられぬことで……いずれも玄人の女、長崎丸山遊郭の遊女であったに違いない」と著者は推測するのだ。
本書は、こうした興味深い考察を重ねて近世の中国と日本を結んだ人たちの言動から描いた文化交流史である。
とりわけ本書がユニークなのは、中国の文人や商人らを虜(とりこ)とした長崎の遊女や、明治直前から続々と大陸に渡った日本人妓女(ぎじょ)ら、とかく歴史の狭間に埋もれがちな「艶の世界」に光をあてようと試みた点ではなかろうか。
全体は3部構成で、第1部は明代末期から起きた中国国内の空前の観光旅行熱が、海を越えて鎖国日本の唯一の窓であった長崎に至った経過を概括。貿易都市としてだけでなく、当時屈指の遊興都市であった異国の街に魅せられた唐人と江戸庶民の交わりを描き出す。
第2部は、衰退する長崎に代わって清朝末期から急速に発展した上海に焦点を移す。「魔都」に続々と進出した日本女性は「東洋妓女」と呼ばれたが、彼女ら「からゆきさん」は決して売淫(ばいいん)だけを営む存在ではなく、歌手や踊り子として、そして詩画をたしなむ才女としても「多様多彩な交流の担い手」であった、と主張する。
終章に至って著者は、20世紀の戦争の惨禍と長い国交断絶のため、今日の中国人は「日本人をもっぱら殺伐とした相手として認識するようにもなっている」とも書く。だからこそ振り返りたいのが、近世の隣邦間にあった実に人間的な交わりではないか。言外にそう語りかけているように感じた。