現代最高の(言葉の)シェフが、秘蔵のレシピで作り上げた、六篇(へん)の小皿料理だ。もったいなくて、一度で読めない(食べられない)。だから、ぼくは、毎日、一篇ずつ読んだ(食べた)。
この時代に、この国で、こんな小説が書かれているのだ。日本語は、こんなにも素晴らしいことができるのだ。だから、ぼくたちは、まだ大丈夫だ。そう思うと、なんだかたまらない気持ちになって本から目を上げ、窓を眺めた。六月の鎌倉は緑で一杯、いちばんいい季節だ。
ぼくがあと数日で引っ越す、この小さくて古い、日本の家は、チエホフの名翻訳家、神西清の終焉(しゅうえん)の地だ。ぼくは、神西清がチエホフを訳した部屋で、山田詠美の小説を読んでいた。
ガラス戸の向こうの、紫陽花に包まれた玄関のベルを、若き三島由紀夫が押したのだ(大家さんがそう言った)。満面に笑みを浮かべた吉田健一が大きな風呂敷包みを抱え、やはりベルを押したのだ(大家さんがそう言った)。彼ら、全盛期の日本文学の担い手たちは、この小さな家に集まって、日本語について、白熱した会話を交わしたのではなかったか。
「神西さん、如何(いかが)ですか?」「文学がわからなくなったらチエホフの短篇を読みたまえ。あそこには『すべて』がある……ぼくは、そう言いつづけてきたのだが、これからは、こう付け加えよう。山田詠美の短篇も同様だ、と」
「三島さん、如何ですか?」「六篇に登場する男たちは、順に、鳶(とび)職、清掃作業員、ガソリンスタンドのアルバイト、引っ越し作業員、汚水槽の作業員、火葬場の職員、やわなインテリはひとりもいない。日本文学に必要なのは、肉体を描く言葉を見つけることだったのだ。気にいった! この娘に、ぼくの後釜になってもらおう」
「吉田さん、如何ですか?」「ふぉっふぉっふぉっ。『夕餉(ゆうげ)』を読んで、料理小説と勘違いする読者もいるかもしれんね。だがね、きみ、料理を味わうこともできない作家に、言葉を味わうことができるだろうか。いや、人間を味わうことが」