ハンセン病への差別に苦しみながら、文学に生命を賭した北条民雄の評伝『火花』で、著者は自らの姿勢について北条の『いのちの初夜』を受けこう書いた。<「生命だけがびくびくと生きている」存在として人間をとらえようとする視点は、つねに失わないつもりできた>
あれから六年。戦前戦後の部落解放運動を率いた全国水平社議長・松本治一郎の生涯を描いた本作で、著者を貫く芯に改めてふれた気がした。ここにも、生きることのひどく困難な状況にありながら、懸命に生きた人の言葉と存在が、まわりの人々、未来に生きる人々を、どれほど力強く支えうるかを信ずる心がある。
「生き抜け、その日のために」
著者をかり立てたのは、治一郎が、長崎の原爆で母親を失った部落の若者にあてた、この一文だったという。
学校や軍隊で差別に遭い、「その日」のために戦う人々の悲しくも勇ましい姿は、もうひとつの維新の物語である。当初、明治天皇を「解放の父」として差別撤廃を訴えていた水平社が、共産・社会主義によって活動の性格を変容させ、治一郎を神格化する過程は、当事者によって改変・隠蔽(いんぺい)された事実も多いだけに、目から何枚もうろこがこぼれ落ちた。
不思議なのは、この間何度も同人に裏切られながらも彼らを許し、経済的精神的に支援し続ける、超然とした治一郎の存在感である。イデオロギーとは無縁、マルクス主義の本は一冊も読んでない。差別する側の心をも解放する「人類最高の完成」を理想とすれば、思想信条の違いなどとるに足りぬと考えたか。読むほどに、治一郎がキリストと重なった。
ただし、ここに奇跡は起こらない。「結婚の自由が認められれば、差別はなくなる」という言葉にこそ、治一郎の水平運動の真髄(しんずい)があると著者は記すが、悲願はいまだ叶(かな)えられたとはいいがたい。
だが、竹の皮剥(かわは)ぎを手伝いながら母に聞いた村人の受難や妻帯せぬことを決意させたある女性との別れの悲しみは、四十年を経て今に届いた。明日からきっと、「その日」を見つめる目は変わる。
それほど深い祈りがこめられた書だ。