かつて竹内好(たけうちよしみ)という、型にはまらない知識人がいた。戦前に、在野で中国文学研究を始め、戦後も一時期大学に勤めた以外、在野で活動したが、田中角栄内閣と国交回復した中国政府に失望して中国研究を止(や)めた人物である。対象について正確な判断や予測を下す人を専門家というなら、彼は中国専門家として優秀ではなかったし、今の日本では過去の存在と受けとる向きが多いだろう。しかしその竹内が、今海外で広く注目を集めている。国際シンポが開催され、その論文集が中国を含めた各国で翻訳され、反響を呼んでいるのである。
本書の著者こそ、中国で竹内の論文集を刊行した人物である。著者は竹内の死後10年ほどして来日して竹内の著作に出会い、10年以上かけて研究を仕上げた。そのテキスト読解の深さ、表現の巧みさは瞠目(どうもく)すべき水準であり、一流の思想研究作品と呼ぶにふさわしい。
しかし竹内のどこが今日、魅力的なのか。一つには主張と行動において首尾一貫しながら、しかも安易な分類を許さない彼の独自性にあるだろう。竹内はアジアにこだわり続け、その結果、右翼とも左翼とも言えない存在となった。太平洋戦争開始直後にはアジアを解放する戦いとして歓迎する文章を書き、戦後も悔いなかった。しかし安保改定時には反対運動に参加し、安保改定を阻止できなかったことをきっかけに大学を辞した。
現在、日本で竹内好研究をリードする松本健一は、こうした竹内をアジア主義的民族主義者として捉(とら)える。著者の視点は少し違うようである。安直な概念化を徹底的に問い直そうとする竹内の文学論の中に、アジアをめぐる既存の言説を乗り越える可能性を探り出そうとする。平板で、しばしば西洋から借用された科学的観念によるのではなく、実践的で含みをもつ文学的手法こそがアジアへの接近に新たな地平を開くのではないか、と著者は問う。
日中間で硬直した論争が繰り返される今日、著者の問題提起を受けとめ、実りある対話を成立させることのできる知識人が日本にも居て欲しいものである。