生命科学の発達によって急変する人間観に、真正面から取り組もうとする学際研究が盛んだ。科学史家の松原洋子はこの状況を、編著書『生命の臨界』で「一九世紀後半の西洋人が経験した、生物進化論の受容をめぐる倫理的危機に勝る危機」である一方、「新しい生命論や身体論、人権概念の誕生前夜のスリリングな時代」と表現している。
とくに、生殖医療は家族制度を揺るがす可能性があり、国内外の実態調査が不可欠となっている。本書はその意味で、現状を俯瞰(ふかん)できる恰好(かっこう)の論文集だ。
伝統的な「男児選好思想」の影響で男児がいないのを不妊とみなす韓国の特殊性、第三者からの配偶子提供や受精卵凍結を禁じたイタリアの政治的背景、精子をミサイル、分娩(ぶんべん)室を戦場にたとえるイスラエルの産婦人科講義など、各国の相違を際立たせる報告も。
総じて子の視点に立つ研究は圧倒的に少ない。我々は本当に大事なことはまだ何も知らない。