名建築や文学者の住居跡、路上の気になる物件を辿(たど)る町歩きは楽しい。だが建て替えを急ぎ路傍に余白を許さない経済効率優先の都会では、遊び心は満たされにくくなってきた。国道沿いのコンビニやラーメン店などロードサイド・ショップ群がそうであるように、資本主義は国土を均質に塗りつぶしつつある。
だがある日、ママチャリに跨(またが)り、地質学地図を現代地図にコンピューター上で重ね合わせた地図を見つめながら東京の街角を走る著者の眼前で、均質で退屈なはずの景観は、夢まぼろしのごとく断崖(だんがい)や湿原、霊気を帯びた場所として立ち現れてきたという。
7千年から4千年前、温暖化により海面は現在よりも数メートル高かった(縄文海進期)。河谷に海が進入し、東京では神田や上野をつなぐあたりまでが海で、さらにフィヨルド状に10本もの入り江が吉祥寺を南北に切る線にまで及んだ。縄文人は、入り江で貝の殻をまとめて捨てた。それが貝塚なのだが、さらに後に建てられた寺社や古代遺跡を書き込むとあら不思議、いずれも入り江の「岬」に位置しているのである。これはひょっとして、大発見なのではあるまいか。
もちろんこの著者のことであるから、「大発見」を学術報告してすませるわけがない。新宿の王城ビルや東京タワー、浅草ロック座など現代のランドマークも書き込んで、文学的想像力を羽ばたかせるのである。いわく、湿地であった新宿だから、湿り気の多い肉体サービスが売られているのである。朝鮮戦争でスクラップ化した戦車を鋳直して建設した東京タワーは、メディアという権力の象徴として縄文期有数の岬に屹立(きつりつ)している。秘仏である浅草寺の観音は開帳されないから、浅草のストリップも「ご開帳はなし」なのだ、と。
「アースダイバー」とは、カイツブリが水中の泥をすくって大地を創造したとするアメリカ先住民神話。我々が無意識に伝えてきた古代の地形への畏(おそ)れを今に甦(よみがえ)らせよう、という信条が込められている。地図も付録され、遊び心を猛烈にかき立てる一冊である。