フランスのアカデミアにおいて、アナール派の歴史学者たちは際だった存在感を示す。本書はその学派の巨星ブローデルの没後10年たって編まれた雑誌論文、未発表ノート、講演などの集成の2巻目(全3冊の予定)だ。編者はブローデルの構想した「大きな歴史」は、「他のすべての社会科学の征服につながるにちがいない」と誇る。だが、ブローデルが本当に成し遂げたかったことは何だったのか。この巻はその構成からして、歴史学のあり方を問うブローデルの生涯にわたる思索の道筋を辿(たど)るのに、よい手引となる。
第1部は、ブローデルが第2次大戦中ドイツ軍の捕虜収容所で行った講演の未発表ノートからなる。そのころ彼は大著『地中海』の第一稿を記憶にもとづいて書いていたが、この講演の中で一生の研究の指針となる歴史観と歴史学のプログラムを述べている。歴史学とは「出来事」の物語ではない。出来事とは飛び交う蛍の発光のように華々しいが、束(つか)の間のものである。その向こう側に周囲の景色全体が再構成されるべく控えている。ドイツ軍の新しい勝利は「出来事でしかない!」と叫ぶのがストレス解消であった収容所でそれは語られた。
では背後の景色の実質は何か。それは地理学的事実(すなわち社会的なものと空間あるいは自然環境との間の相互関係)に包まれ、文化的、社会階層的、経済的、政治的な諸事実の「持続的」な構造の全体である。この全体(社会)をとらえるのが「大きな歴史」だ。この構造は長い時間の流れでみれば断絶することもあるが、変わらない要素があり、したがって過去と現在とはお互いに説明しあう関係にある。
第2部はこうした立場から歴史学と経済学や社会学など他の社会科学との関係が議論される。なかでもゲームの理論から示唆を受けつつ、社会的現実から構造のモデルへ、そしてモデルから社会的現実へ、と辛抱強く航海を行い、そういうモデルを比較の材料として時間や空間の中を移動させつつ利用するならば、社会科学の共同研究を導くような有用な軸となるという。アナール派を超えた、その後の社会科学の発展を見通した卓見といえる。
第3部は主要な「著作が仕上がるまで」の小品を集めるが、とりわけ目を引くのは、未完の大著『フランスのアイデンティティ』の第3部の著作ノート(未発表)である。そこでは国家に関する、これまで発表されなかった省察も含まれている。「大きな歴史」を構想した歴史家が、最後にはその文脈で祖国の歴史をとらえ直そうと情熱を傾けたことは興味深い。
日本と中国の間で歴史認識について激しい論争が起きている。それは小泉首相の靖国参拝という「出来事」に触発されてはいるが、東シナ海をまたぐ地理的空間における経済や情報のますます頻繁な交通が、文化や政治や経済の諸関係の新しい構造、「均衡」を模索しているからだろう。ブローデルの歴史観は、現在を考える上でも、大いなる示唆に富んでいる。