これは富と権力を求めてやまない一人の男の物語だ。それだけなら、世の中そこら中に転がっている話だが、その主役がマルコス独裁政権と結託してフィリピン経済をむさぼり尽くした政商だとすれば、ちょっと話は違ってくるだろう。
この国の有力ファミリーの一つ、コファンコ家の一員に生まれたエドアルド・コファンコ・ジュニア、通称ダンディンが本書の主人公である。
砂糖とココナツの利権を足場にのし上がり、フィリピン最大の食品・飲料会社サンミゲル社や複数の銀行を牛耳る実業家で、かつキングメーカーと目されるほどの影響力を握る政治家でもあるという、実に多様な顔を持っている。
マルコスが莫大(ばくだい)な財産を築き上げたのは、いわゆるクローニー・キャピタリズム(取り巻き資本主義)という手法だった。そのからくりを単純化すれば、独裁権力のもとでファミリーや盟友にボロ儲(もう)けが可能な事業の実質的な独占権を与え、その「上がり」を自分の口座に振り込ませたのである。そこには日本企業の影もちらつく。
民衆蜂起によってマラカニアン宮殿から追放された独裁者は、米軍の大型輸送機で可能な限りの財物をハワイへ運び出すが、それは通貨、金塊、預金証書、宝石、貴重品等で、総額で数億ドルにのぼり、それ以外にも莫大な財産を周到に準備した海外の口座に隠していた。
その取り巻きの中で最もうまみを味わった一人がダンディンだったが、彼がほかの誰より「物語」の主人公になり得るのは、独裁者とともに逃走したにもかかわらず、いつの間にかフィリピンに舞い戻り、いまも隠然とした影響力を失わずにいることだろう。
本書は、こうした東南アジアの途上国に頻出する、政治権力と経済利権の関係の一つの典型例を、緻密(ちみつ)な取材によって浮かび上がらせる。
またコリー・アキノ元大統領はダンディンのいとこに当たるが、中国福建省にルーツを持つ有力ファミリーの家族史を通じ、フィリピン近現代の裏面史が活写されている点なども興味深い。