いまさら漱石論なんて、とおっしゃる向きも多かろう。だが、意外な“ミッシング・リンク”があった。朝日新聞記者としての漱石である。それを書いたのが現役の朝日新聞記者というのも、何かの因縁か。
『こころ』も『それから』も、すべて朝日に新聞小説として発表された。著者は、漱石の入社が、彼自身にとっても、新聞界にとっても、いかに画期的な出来事であったかを、内部資料もまじえ、ドキュメンタリータッチで活写している。
脇役たちもいい。いまや樋口一葉の片思いの相手としてしか記憶されていない半井(なからい)桃水(とうすい)が、実は日本初の海外特派員にして朝鮮語の達人だったなんて、あなた、ご存知(ぞんじ)でしたか?
漱石を招聘(しょうへい)した池辺三山への義理立ての仕方や、律義なサラリーマン処世なども、私は初めて知った。入社時、給料についてドライな交渉をしたのに、十年勤めて結局、昇給はなかったというのも、著者の小さな“スクープ”であろう。