日航ジャンボ機墜落事故20年のこの夏、新聞やテレビには回顧企画が溢(あふ)れたが、捜索をめぐる謎を含め、事実に改めて肉薄し、悲痛な記憶を人々に鮮烈に蘇(よみがえ)らせたという点では、本書にとどめを刺すといっていいかもしれない。
とりわけ、ボイスレコーダーの音声や飛行の立体画像などを収録した付録のDVDは、事故機のクルーたちの必死の操縦振りを伝えて生々しい。決して際物ではなく、抑制の効いた、資料的価値の高いドキュメントである。
著者は、この事故の報道にあたった日本共産党の機関紙「赤旗」社会部取材チームの中心メンバー。墜落現場を目指した発生当夜の体験に始まり、その後、なぜ救出が遅れたのか、事故原因の真相は何か、を長期にわたって追い続けてきたベテラン記者だ。思い返せば、この事故報道では赤旗紙の健闘は光っていた。
生存者の一人、川上慶子さんによる「墜落直後は何人も生きていた」という証言や、救難活動に突然中止命令が降りた、との米空軍中尉の手記などの衝撃的なスクープを一般メディアはしばしば後追いさせられた。のちにボイスレコーダーの録音テープなどを入手できたのも、そうした実績の賜物(たまもの)であったのだろう。
長期取材の集大成ともいえる本書は、なお数多くの疑問を浮き彫りにする。自衛隊機が繰り返し墜落現場を確認しながら、なぜ四度も間違いの発表をしたのか。真っ先に到着した米軍ヘリに、なぜ救助活動を依頼しなかったのか。運輸省航空事故調査委員会(事故調)の報告は、客観的な事実と矛盾する部分が多すぎ、公表されたボイスレコーダーの記録にも作為があるのでは、等々だ。
「私たちも(略)断定できるだけの材料は持ち合わせていない」と、明確な答えは示さず、ミサイル撃墜説は「荒唐無稽(こうとうむけい)」と退けるなど、科学的な分析に終始している。評者には「日本では救助活動にも上の許可が必要」とか「米軍の帰還命令は自衛隊の面子(めんつ)を考えた政治判断では」「事故調は、初めから結論ありき」といったあたりの指摘が興味深く、案外謎解きのカギを握るのでは、と感じられた。