経済を活性化させるために、「小さな政府」をつくる。非効率な官業は民営化する。官民を問わず、割高になる人件費を切り下げるため、正規職員を減らし、雇用は派遣会社との外部契約に変えていく。どこかの国の選挙公約にも似た内容だが、その先には、どんな社会と暮らしが待ち受けているのか。本書は、サッチャー改革以来、20年以上民営化路線を進めてきたイギリスで何が起きたのかを、生々しく伝えた問題提起のドキュメンタリーである。
何より本書がユニークなのは、新聞記者を務める著者が、政府の定める「最低賃金」(それ以下での雇用は違法となる基準)で、本当に生きていけるかどうかを、自ら実践し、その体験をまとめたものだということだ。時給4.1ポンド(820円)の生活。それは公共の安アパートに移り住むことから始まる。引っ越し先の老朽化した建物は悪臭がひどく、麻薬や売春、暴力の温床でもある。
そして次に、職探し。申告できる職歴も職業資格もない(という設定の)50歳を過ぎた女性である著者にできるのは、派遣会社に登録し、時給800円前後の短期的な仕事を転々とすることくらいだ。いつも仕事があるとは限らないし、なければ無給となる。病院の運搬係、学校の給食助手、電話セールス……著者がどんな仕事をし、職場にどんな人々がいたのかが本書の中心部分だが、そこから見えてくるのは、仕事のきつさばかりではない。効率化とコスト削減のための外部契約が、かえって仕事の非効率を生んだり、コスト高になる矛盾も見えてくる。
こうした不安定な生活をする人々が、全体の30%を占める社会。国全体の経済成長にかかわらず、彼らの賃金は一向に上がらない。そして、子どもたちは、底辺から脱出するはしご——優れた教育を受ける機会を奪われる。「中流」崩壊後のイギリスに、日本の将来像が重なって見えてくる。貧富の拡大は、政策選択の結果、つくられるのだ。
社会の平等を犠牲にしなければ経済的に成功できない、という神話を打ち消す研究成果の紹介にも目を引かれた。