ディランと言えば、日本では団塊の世代には「風に吹かれて」「時代は変わる」に代表されるプロテストソングのシンガー・ソングライターとして記憶され、その後の世代にとっては「オー・マーシー」や「ラブ・アンド・セフト」などの玄人好みのアルバムを時折作る孤高なミュージシャンというところだろうか。だがアメリカでは音楽界はともかく、アカデミアやメディアの世界でも、20世紀後半における詩人の最高峰(の一人)に位置づける人が少なくない。
本書はそのディランが60歳を超えて書き始めた全3巻からなる予定の自伝の1巻。60年代初頭にフォークシンガーとして衝撃的なデビューを果たす直前までの時代を主な流れとし、それに70年代と80年代の代表的なレコードの創作にまつわる2章を挿入するという『クロニクル』(年代記)としては変わった構成だ。
何のファミリーコネクションも持たずギターだけを供にミネソタの片田舎から出、自己の詩と音楽と真実を求めて、憑(つ)かれたようにミネアポリスの大学町、さらにグリニッチビレッジへと彷徨(ほうこう)していく。その過程で有名、無名の様々な人たちと触れあい、驚くべき量と範囲の読書をこなし、ガスリーのフォークやブレヒトのオペラに自分の音楽の発見を触発される。絵画的なまでに臨場感の溢(あふ)れる描写に、60年代初頭のアメリカにあった文化状況の厚みが活(い)き活きと伝わってくる。
ニューヨーク公立図書館に籠(こも)って、南北戦争時代の新聞のマイクロフィルムから、当時の日常を読みとる。そして、自分の生きている時代はその時代とは違うとしてもよく似ているところがある、自分の心の有りかたはそういうお互いに連なりあったものの一部であり、その事がこれから自分が書いていく詩の鋳型(テンプレート)になっていくだろう、と予感する。アメリカの民衆(フォーク)文化が培ってきた共同意識が、新鮮な言葉と音を通して迸(ほとばし)り出ていく。それはベトナム戦争の時代を揺さぶるが、彼は反戦運動のシンボルとなることは拒む。そうした一時の出来事を超えたものが見えていた彼には場違いだったのだろう。