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書評

トラウマの医療人類学 [著]宮地尚子

[掲載]2005年09月18日
[評者]鷲田清一

 本書をそろそろ閉じる段になって、はじめて一枚の写真に出あう。アフリカ東部の難民キャンプで、家族が心配そうに見守るなか、少女の胸に聴診器を当てる著者が写っている。そしてその写真の「嘘(うそ)」を著者はみずから暴いている。「『難民を救う』という実践は実行されたわけではなく、写真に表象(うつしだ)されたにすぎないのです」と。

 難民援助のコアは治療でなく、効果も見えない周辺活動を黙々とこなすことにあること。現地の利害関係にもみくちゃになり、ときに利権を生み、ときに難民のほうが国民よりもよい医療を受けられるという歪(いびつ)な事態も生まれること。この子をなんとかしたいと思いつめるなかで、不整合、恣意(しい)性、自己分裂、無力感が底なしに深まってゆく日々。そしていずれ引き揚げる自分……。

 そのような断裂についての真摯(しんし)な自己描写は、本書で記述・分析されたさまざまなカテゴリーのトラウマ的な体験をすべて、おのが身に引き受けなおすかのようである。

 トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)の概念は、ときに発見的に作用しもするが、ときに「きれい」すぎて弊害や暴力性を生むこともあると、著者はいう。ベトナム帰還兵、テロとホロコーストと拷問の被害者、マイノリティー、薬害エイズ患者とその家族、性暴力や家族虐待の被害者……。被害を口にすること自体が二次的な被害を招くことになりかねないそうした伝達不能な外傷的体験に、どう身を寄せ、支援するのかという問いと、それを記述するトラウマ概念の危うさ。そのはざまで、著者は、世界のあちこちに走る「段差」や「深い溝」に突き当たりながらも、「世界の非倫理がどのようなシステムによって形成、維持されているのか」を必死で読み取ろうとする。

 「被害者のため」というパターナリスティックな視線でものを見るのではなく、事態にまみれ、うろたえながらも「当事者が研究者を『使いこなす』」場面へと身を挺(てい)しつづける医療人類学者の姿が、眼(め)に焼きつく。



関連情報

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    書籍詳細

    表紙画像

    トラウマの医療人類学

    • 著者: 宮地 尚子
    • 出版社: みすず書房
    • ISBN: 4622071509
    • 価格: ¥ 3,675

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