2005年10月05日10時25分のアサヒ・コム
		アサヒ・コムBOOKこのサイトの使い方へ検索へジャンプメインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

 » asahi.comツールバー: 検索機能がアップ

メインメニューをとばして、本文エリアへ朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe

ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ >  BOOK > 書評 > 酒井啓子記事

書評

見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行 [著]四方田犬彦

[掲載]2005年10月02日
[評者]酒井啓子

 読みながら、本の中の世界に入り込んで出て来られなくなる。回りの音が消え、賑(にぎ)やかで明るい雑踏のなかでひとり、あちら側にいることの孤独を感じるが、頭上に広がる空を見て、かの地の空の青と壊れかけた砂色の壁を想像する。

 詩人の紡ぐ旅の記録に、激しく嫉妬(しっと)するのは、そういうときだ。社会科学者が紛争の実態について、幾万もの言葉を尽くしても伝えきれないというのに。

 作者が旅の過程で描くイスラエルと旧ユーゴスラビアに共通するのは、「隔てる」ということだ。分離壁で占領地のパレスチナ人を隔離するイスラエル。彼らはパレスチナの土地は欲しいけれども、住民はいらない。旧ユーゴでは、戦争がアイデンティティーを細分化し、相手を差別することで、自分たちの優位性にしがみつく。命を賭けた戦いは、自分たちと他者との境界を、宗教、民族や顔つきで明確にすることでしかなかった。

 隔てられた者の痛みを見ないことによって、普通の日常生活を保とうとするのも、イスラエルと旧ユーゴで共通している。パレスチナ人に対してイスラエルの軍隊がどのような仕打ちをしているのか。自国の同胞が玩具的に弱者を虐(いじ)めている現実を目撃しながら、自分たちだけに約束された平穏な日常を営む緊張感と不条理に耐えられず、イスラエル人はこうしたことすべてを、見なかったことにする。見られない、という形で存在否定されたパレスチナ人は、その日常から彼らを追い出す壁にしがみついて、壁を叩(たた)きながら自分たちの存在を叫ぶ。

 戦闘が繰り返されるなか、10年間以上も聖母マリアの出現を見続けたヘルツェゴビナのメジュゴリエの人々は、第2次大戦中に虐殺された大量の遺体の丘の傍らに住む。殺戮(さつりく)について考えるかわりに、自分たちの住む土地の神聖さにすがり、孤立と虐殺の記憶を忘れるのだ。セルビア人は皆、ユーゴ時代の共存を思い出して、ノスタルジアに浸っている。

 苦言をひとつ。著者は本書内で、自分がテロという用語を使わない理由を説明している。だが、本書の帯には大きく、「テロルの連鎖」とある。痛ましい。



関連情報

    ここから広告です 広告終わり

    書籍詳細

    表紙画像

    見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行

    • 著者: 四方田 犬彦
    • 出版社: 作品社
    • ISBN: 4861820499
    • 価格: ¥ 2,520

    別ウインドウで開きますこの本を購入する ヘルプ

    powered by amazon.co.jp

     
    ここから検索メニュー

    検索 使い方

    検索メニュー終わり

    朝日新聞サービス

    ここから広告です
    広告終わり

    BOOK おすすめレビュー

    売れ筋ランキング 一覧

    涼宮ハルヒの分裂

    BOOK サイトマップ



    powered by amazon.co.jp
    ▲このページのトップに戻る

    asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

    ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
    asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
    | 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
    Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.