英国の作家G・オーウェルは若き日の5年余を警察官としてビルマで過ごしている。この植民地体験を追う旅に出た筆者は、軍事政権によってミャンマーと改名された国で、まさに「オーウェル的世界」に遭遇するのである。
それは全体主義の恐怖をオーウェルが予言した『一九八四年』の悪夢が、まさに現実化したかのような世界だった。
「私たちは実際ビルマで起きていることについては、話すことも書くこともできないんです」とティーパーティーで会った作家は声をひそめる。
政府が反動的だと考える情景や情報を伝える作家やジャーナリストは、その筋に目をつけられれば作品は発表できず、悪くすれば投獄の憂き目を見る。
作者はオーウェルの最初の赴任地マンダレーで、信頼できる友人に紹介されて会った退職教師や歴史家と即席の「オーウェル読書会」を持つ。官憲の目を避けねばならないし、そもそも『一九八四年』も『動物農場』もこの国では禁書だ。
そこで町中の客の出入りの多い茶店に集まり、わざと騒々しいテレビの傍らに席を占めて語り合う。だが細心の用心をしても外国人である作者の旅には常に監視の目と尾行がつきまとった。
ラングーン(現ヤンゴン)、避暑地メイミョー、オーウェルの母親の出身地モウルメインと、筆者はオーウェルの足跡を追い、彼が吸った空気をかみしめての旅を続けるが、先々で聞いたのは人間性の抑圧に呻吟(しんぎん)する知識人の声だった。
厳しい思想統制の中でも彼らの心の内に迫る対話ができたのは、作者がビルマ語に精通していたからだろう。そして五感をとぎすました情景描写も本書の魅力だ。たとえば往時の繁栄が消えたモウルメインに着いた晩の情景。
「明かりと言えば、売り子が屋台に立てた数本の蝋燭(ろうそく)の火だけだった……蒸し暑い大気はキンマの匂(にお)い、エンジンオイルの匂いでむせ返るようだった。蝋燭の蝋がパパイヤの小粒な実の上に落ちて、糖衣みたいに小さな山を作っていた」
アジア的豊饒(ほうじょう)に根を張る軍事独裁政権の恐怖を静かに告発したルポである。