面白い。しかし危うげな本。
心理学実験という主題がそもそも剣呑(けんのん)だ。
本書の二章でも取り上げられている、有名なミルグラムによる電気ショック実験など、いま同じことをやれば訴訟沙汰(ざた)に発展しかねない。
ミルグラムは「罰と学習効果の関係を調べる実験」という触れ込みで被験者を募り、彼らに成績の上がらぬ学習者に対し罰として電気ショックを与えさせた。だが実際は、学習者は全部「サクラ」。電撃による苦痛も演技だった。学習者が苦悶(くもん)の表情を浮かべるのを目の当たりにしながら、どこまで実験の指導者の命令に従って電気ショックを与え続けられるものか。人間性の臨界を試すのが真の目的だったのだ。
確かに興味深い実験だ。服従の心理的機制について一定の知見を引き出したともいわれる。
だが危うい。当然、この実験は各方面にセンセーショナルな反応を引き起こした。倫理的な非難が押し寄せ、ミルグラムの名声は廃れた。
心理学の博士号を持ち、臨床経験もある著者、ローレン・スレイターは、ミルグラムが何をやろうとしたのかを再び探問する。被験者、彼の支持者、彼の批判者に取材を重ねながら。
しかし、その書き振りがあまりにパセティックなのだ。だから面白い。思わず引き込まれてしまう。だから危うい。例えばミルグラムが心臓発作で死ぬシーンは、実験に重ね合わされて、こう描出される。「……ミルグラムには電気ショックが与えられた。一度。二度。彼の身体は何度空中に跳ね上がったことだろう。魚のように身をのけぞらせて。ショック。ショック。黒い除細動器のパッドが押しつけられる。けれども彼は逝ってしまった。電気ショックで生き返らせることはできなかった」
本書を、実験心理学についての啓蒙(けいもう)的な読み物として紹介するのは、あってはならないミスリーディングだ。これはそんな生温(なまぬる)い本じゃない。もっと異様なもの……。
人の心を実験の対象にしようとする知性が孕(はら)む一種の狂気を、詩的な——また別の狂気に憑(つ)かれた、と言い換えてもよい——知性によって捉(とら)え直した実話物語(ノンフィクション)といえる。
精神科医が詐病を見破れるかを実験したローゼンハンを取り上げた第三章は、まさしく感動的だ。彼女は、精神科医が患者の正気と狂気を厳密に見分けることができないとしたローゼンハンの結論を全面否定する精神医学者に反論するため、身をもって実験の追試を決行する。果たせるかな、やはり異常と診断され、抗精神病薬を処方された。精神医学は二度も地に塗(まみ)れた。
けれど、彼女の胸奥に残ったのは精神医学への不信ではなかった。親身になって患者を気遣い、柔らかな言葉で傷ついた精神を癒(いや)そうとする医療現場の人々の「思い」が心に刻まれた。
妻を失い、娘を失い、いまは自らも寝たきりのローゼンハンにこの「素晴らしい経験」を伝えたいと彼女は書く。それとともに「私たちがまだ生き続けることを、私たちの言葉が未来に織り込まれていくことを」。