今年上半期に話題・注目を集めた商品の第一位は「愛知万博」でも「スター・ウォーズ・エピソード3」でもなく「ブログ」。電通が調査したそんなアンケートの結果が先ごろニュースになった。少し前には「ブログの利用者が335万人に」の総務省推計も発表された。
日本でも市民権を得つつあるその新たな情報発信メディアを中心にした、先進地米国で起きている現象の最新リポートだ。だれもがインターネットに手軽に書き込める「ブログ」は、周辺技術の革新も日々めざましい。「未来のニュース報道は、講義型から会話やセミナーのようなものになるだろう」という著者の確信には、伝統的メディアの関係者ならずとも、刺激を受けないわけにはいくまい。
サンノゼ・マーキュリー紙のコラムニストなど新聞人だった著者は、新聞や放送の「自己満足と傲慢(ごうまん)さが増殖してゆく世界」に批判的で、自ら草の根ジャーナリズムを実現するためのベンチャー組織を設立した。この本もネットで概要を公開し、市民の意見やコメントを反映しながら仕上げた「ブログ本」である。
市民メディアに期待しつつも、バラ色の未来を描いているわけではない。さまざまな実例を示しつつ、情報の確度や、捏造(ねつぞう)、サイト荒らしの横行、情報操作や誘導といった不可避の危うさにも言及。正確・公正・倫理規範といった伝統的メディアの価値観が大切だとし、その良質な部分を守りながら、両者を一体化する道を探りたい、というスタンスに立つ。情報の適正な評価や編集、整理などでジャーナリストが果たせる役割を重視するのも説得的である。
旧メディアの側は、米国でさえ一部を除き、こうした未来にまだ本気で向き合おうとしてはいないようだ。しかし、新聞などが大きな力を持ち得たのは、知識や情報が少数の人々に偏在していたからだ。いま、状況はまったく違う。専門的な知識も重要な情報も、多層になった社会の周縁に広く散在している。読者や受け手総体の方がはるかに多くのことを知っている時代になった。そのことの自覚が乏しすぎるのではあるまいか。