いつもながら、この著者の小説はページをめくる手を止めさせないが、本書は、恋愛、友情、という普遍的なテーマを、じつに繊細に扱っている。
天才的な頭脳を持ちながら、高校の数学教師に甘んじている石神は、アパートの隣に住む女性、靖子に、一方的な恋心を抱いている。あるとき、靖子と娘の美里が、訪ねてきた元夫を殺(あや)めてしまう。それを知った石神は、彼女たちの罪を完璧(かんぺき)に隠蔽(いんぺい)するべく、奔走する。石神の真の意図を、読み手は、靖子と同様に知らされない。石神が幾重にも仕掛けたトリックを暴いていくのは、学生時代の彼の唯一の友人だった物理学教授、ガリレオ先生こと湯川。まるで数式の証明を競って行うように、ガリレオ先生は石神の真意を読みとっていこうとする。
靖子というのは読み手にとってはあまり魅力的な女性には思えない。弁当屋で働く、過去の不幸がなんとなく容貌(ようぼう)に染みついたような、中学生の母親である。しかしだからこそ、彼女を思う石神の気持ちが、不気味なまでにとぎすまされたものに思えてくる。彼女は石神の真意をまるで知らず、ただすがるような気持ちで、彼から与えられるほとんど意味不明の指示に従い続ける。
一方で、石神とガリレオ先生の静かな応酬がくりひろげられる。「自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確かめるのとでは、どちらが簡単か」。そうして、石神の出した解答とはべつの解答をガリレオ先生は引き出し、みずからの答えに苦悩する。
石神の意図がすべてわかったとき、ここに描かれる恋愛の形態にも、友情の在り方にも、胸をつかれる。ほとんど恋愛と無縁に生きてきた男の、決して他に汚されることのなかったまっさらな部分に、恋にすらならなかった彼の愛情に、ひれ伏すような気持ちになる。そして学生時代、才能を競い合った二人の、地味ながらきらめくような時間と、その才能が行き着いてしまった未来に、ただただ、うなだれる。どっしりと持ち重りのする小説だった。