湾岸戦争がCNNを世界的メディアにしたとすれば、9・11事件後の「テロとの闘い」で世界に知れ渡ったのがアラビア語衛星放送アルジャジーラである。しかし、このメディアの背景について詳しいことは余り知られていない。本書はイギリスのフリージャーナリストがその実態をつぶさに追いかけた力作である。
実はこの放送局はペルシャ湾岸の小国カタールの首長から財政的支援を受けて運営されている。イギリスのBBCがサウジ資本をスポンサーとして始めたアラビア語放送が編集権を巡る対立がもとで頓挫した際、メディア戦略を練っていたカタール首長がその組織を引き取って96年に発足したのがアルジャジーラ(アラビア語で「半島」を意味する)である。
活字を読めず、退屈な国営放送に飽きていたアラブ民衆にとって、衛星アンテナさえあれば誰でも見られるアルジャジーラは、刺激的な番組を提供した。CNNやBBCを真似(まね)た人気番組「反対意見」や「宗教と生活」は、それまでのアラブ社会でタブーとされていた事柄、たとえば、政治腐敗や性生活といった話題を正面から取り上げることで人気を呼んだ。また、多くのアラブ人はアルジャジーラを通じて初めてイスラエル人政治家の肉声を聞いたのである。更に第2次インティファーダ(反占領闘争)報道やビンラディンを含むアルカイダ要人のビデオテープ、アフガニスタン戦争やイラク戦争の現場報道でアルジャジーラは中東以外のメディアにとっても貴重な情報源となった。
ただ、記述が時にあらゆる権力に屈しない正義の味方というイメージを強調し過ぎる印象はある。カタールが、一定の変化はあるものの自由民主主義にはほど遠い状況で、アメリカとの同盟を含めた湾岸の権力政治を生きる存在であることを忘れてはならない。また、他の巨大メディア同様、アルジャジーラ自体も権力を振るう存在になりうる。それでも本書は、矛盾をはらみつつ成長する新興メディアの軌跡を通じて、現代中東社会の躍動を感じさせる好個のドキュメンタリーと言えよう。