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[掲載]2005年11月06日[評者]中条省平
ロボットの情報処理と人間の思考を分かつものは何か? 自己意識、というのが一つの答えだろう。情報を処理するだけでなく、情報処理を行う自分を監視するもう一段上の視点(私という意識)をもつこと。本書の作者は、「私を思考する私」を人間の究極の条件とした哲学者にならって、自己意識を閉じこめる脳をデカルトの密室と呼ぶ。意識はこの密室を出ることができるか? これが本書の根本テーマである。
物語は、あるロボットが天才女性科学者を殺した事件から出発する。高度化されたロボットが、プログラムによらず自分の意志で人間を殺したとしたら、それこそ、意識がデカルトの密室を脱出するチャンスではないか。真の犯人は誰かという謎とともに、小説は、人間とは何か、機械に意識はありうるか、という問題に踏みこんでいく。
ロボット工学の実践的最前線と、意識をめぐる抽象的な思弁がダイレクトに結びついた刺激的な小説だ。
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