最近の米国への旅行者で、入出国時に不愉快さを感じない人はまれだろう。安全検査で靴を脱がされるくらいはともかく、いちいち指紋をとられ、顔写真を撮影される。「安全のためだ」と自らを納得させつつも、これが「自由の国」の関門なのか、とうんざりさせられる。
9・11同時テロ後の米国は、政府に盗聴や捜索の権限をほとんど無制限に与える愛国者法の制定を契機として、急速に「監視社会」化が進んできた。その社会的空気を背景に個人情報の収集と分析、販売を業とするビジネスが巨大化し、人々のプライバシーや人権が侵されている実態を生々しく描くのが本書である。
アクシオム。チョイスポイント。セイシントとそれを買収したレクシスネクシス等。W・ポスト紙の記者である著者が取材対象としたのは、大企業へと急成長を遂げた、日本ではあまりなじみがない各社だ。これら企業は、たとえばフリーダイヤルをかけてきた消費者について即座に、どんな家に住むか、車は、などのプロフィルを提供できるほど膨大な個人データを蓄積し、信用調査や市場開拓の分野で莫大(ばくだい)な利益をあげている。
9・11後、テロ対策や犯罪捜査などにあたる政府部門が、個人情報の収集でこれら企業への依存度を高めたことが急成長に拍車をかけた。各社は政府高官を雇い入れて営業活動を展開するなど、その癒着ぶりは「米国はいまや安全保障と情報産業の複合体に向かっている」と法学者の警告を招くほどなのだという。
レイプ事件が起きると、警察から犯人に該当しそうな人物のリスト作成を依頼される会社があれば、「テロリズム指数」のリストを作成し、最脅威の1200人の名前を政府に提供する企業もある。著者が一章をあてて顔の自動認識システム開発を紹介したビジョニクス社の監視カメラは、各国から引き合いがあり、今夏のロンドンの同時多発テロで四人の犯人を突き止めたことで有名になった。
「もはやわたしたちには、隠れる場所すらない」が、著者の結び。街頭カメラの急速な普及をみるだに、私たちにとっても絵空事ではないと気付かされる。