東京・神田の古書店街を足が棒になるまで歩くのは実に楽しいものだが、最近はネット書店や目録での販売を主とする古書店もはやるらしい。
著者も目録による商いを15年続ける若手世代の店主の一人だが、7年前の前著『古本屋 月の輪書林』に次いで古書の世界の面白さを存分に語っている。
先入観も手伝い、古書店主というとなんとなくひと癖もふた癖もある御仁が多いように思ってしまうが、著者は大変率直なお人柄のようだ。大学の芸術学部を2カ月で中退して映画製作にかかわり、その後古書店員になり、「食うために古本屋になった」と前著で告白している。
「ぼくみたいなチンピラ古本屋が、何十年も続いている老舗(しにせ)に正攻法で勝てるわけがない」とも自認するのだが、では何をもって勝負するか。
それはただ一つ、「本のにおい」をかぎつける能力だという。
東京では目利きの店主が集まる古書市があちこちで開かれている。そこで著者が注目するのは書籍や手紙、名刺といった雑多な印刷物がひもでくくられたり、段ボール箱に詰め込まれた出品物だ。これを業界では「山」と称する。
「この『山』買い、ヘンチクリンなよくわからないものがひょっこり姿を現す。そこが、また面白いのだ」
そんな山の中で遭遇し、目下、著者がひかれるのは旧満州国という「消えた国」にかかわった無数の人たちや、三田平凡寺という明治・大正期の趣味人のような「忘れられた人」たちである。
これと目を付けた人物の交友関係を洗い出し、関連の書物を集めて目録を編む。その過程が日記の形を借りて披露されるが、淡々とした筆致が楽しい。
消えた人、忘れられた人、そういう人たちを古本の中から再評価したいと考えている。関連の本とは、すなわち悪友、恋人、親兄弟、あるいは敵のことだという。1冊からはじまり、目録に書き加えられる本は次々とふくらむ。
「食うため」どころか、古本という海の深さ広さ、大きさの魅力に取り込まれた著者の姿が目に浮かぶようだ。