中国の第3世代の指導部の「中核」とされた江沢民前総書記(前国家主席)の親族や親友、元同僚らが語った証言をもとに編まれた人物伝である。
したがって批評家や反対者の声に耳を傾けた政治的評伝ではなく「江沢民その人」といった個人的伝記の色彩が濃い。
ただ様々な意味で「異色」ではある。まず作者は米国の投資銀行家で、中国当局の市場経済化のアドバイザーを務めたり、自身のビジネスも展開しているが、必ずしも中国専門家ではない。
そして英語版原著の出版から間もない05年初めには中国国内で中国語版が出版された。まだ健在の大物政治家の外国人の手になる伝記が、このような扱いを受けることは異例中の異例といえる。
毛沢東やトウ小平など第1、第2世代指導者の伝記あるいは演説・論考集などは、党中央部門の専門研究グループが関係資料を収集、分析し、その上で「欽定(きんてい)版」を刊行するのが通例だからだ。
したがって出版直後から香港など海外メディアで、本書の制作過程に中国政府の対外宣伝部門である国務院新聞弁公室の「関与」があった、などという関連報道が相次いだのもうなずける。
主人公が毛やトウのような革命の刀傷を背中に負う世代ではないため、人生そのものに波瀾(はらん)万丈の山場がそれほどあるわけではない。
それでも天安門事件の際、失脚した趙紫陽総書記の後任に、だれも予想もしなかった江氏(当時は上海市党書記)がトウ小平によって指名される過程や、事件で大きく傷ついた対米関係の修復に、いかに江氏が細心かつ時に大胆に取り組んだか、そして結果的に「中国を変えた」長期政権を維持した手堅い政治手法など読みどころも少なくない。
ただこうした政治的に微妙な時期の記述の一部は中国語版ではカットされている。例えば本書プロローグの、民主派活動家らは「自由の女神の手製のレプリカの下で中国政府に公然と抗議し、自分たちの主張を全世界に伝えるよう西側ジャーナリストに訴えた」といった天安門事件に関する記述である。