「アメリカは歴史の浅い国、日本は伝統の生きる国」と言われる。本当だろうか? 驚くべき数字がある。国が保護している文化財建造物の数は、アメリカが5万2000件弱、日本はなんと4997件(05年)。イギリスは、イングランドだけで44万件強(93年)だから、我々がいかに歴史を殺してきたかが分かる。「震災が多いから仕方ない」、というのが一般的な反論だ。けれども震災対策は口実で、経済効果が本音ではないのか。
日本の「スクラップ・アンド・ビルド」体質を象徴するのが、全国で頻繁に対立が伝えられる校舎建て替えだ。01年に滋賀県の豊郷小校舎が脚光を浴びたが、その前年に起きた愛知県・旭丘高校での騒動を回顧したのが、本書である。
1938年竣工(しゅんこう)の旭丘高校の校舎は、結果的には全面取り壊しとなった。旧制中学校舎として典型的な造りであり、階段教室を持つなど特異でもあるため文化財登録が可能だったが、所有者である県は発議せず、議会と高校・同窓会とともに解体を推進した。取り壊し強行の論拠は「建設後60年経(た)ったから」と「議会で可決されたから」だけで、耐震診断も行わず話し合いでも妥協しなかった。
修復を唱えたのが、OBが中心となった著者ら「再生を考える会」である。「ガサガサ」といった推進側の表現の大半が誇張であること、再生費20億円に比し全面建て替えには33億円もかかること、廃棄物が5500トンも出て環境負荷が高いこと、国は文化財や環境の保護の観点から修復に好意的であることなどが次々に明らかにされ、興奮を覚える。だが取り壊し禁止の仮処分申請は却下され、正門での座り込みも解除された。
かつては構造計算の能力が低かったから経済効率性をうるさく求められず堅牢(けんろう)でデザインに優れた建築物が出来たのだ、という説が引用されているが、耐震偽装事件が予見されているかのようだ。せめてもの救いは、その後各地で修復重視の傾向が見えてきたこと。その先鞭(せんべん)を付けた運動の貴重な記録であり、政治家・建築家・在校生など様々な立場からの思いが綴(つづ)られている。