アップル社を創立し、追い出され、12年後に返り咲いて奇跡の復活をなしとげた男の伝記を長年つきあいがあるジャーナリスト2人が書いた。並の伝記ではない。本人が激怒し、発禁要求が通らぬとその出版社のすべての書籍をアップル・ショップから排除した。読む前からやじ馬的な血が騒ぐ。期待は最後まで裏切られない。
乱立する個人用コンピューターの中で頭角をあらわし、時の寵児(ちょうじ)になりながらあらゆる人と衝突し、ついには自らがペプシコーラ社から招いたジョン・スカリーに追い出され、夢よもう一度と新コンピューター会社NeXTを立ち上げたものの、売れずに大赤字。映画監督ルーカスの離婚費用のために売り出されたコンピューター・グラフィックス会社PIXARを買い、制作用に社内開発された画像専用コンピューターを売るも、やはり大赤字。絶体絶命の中、PIXARが「トイ・ストーリー」などの映画製作でヒットを連発する。会社を上場して再び大金持ちに。基本ソフトを求めていたアップル社にNeXTを売却。自らも乗り込み、卓越した商品企画力を発揮してiMacやiPodなどで瀕死(ひんし)のアップルを蘇(よみがえ)らせた。そのすべてがドラマチック。
だが本書の魅力は、その節々にジョブズの性格の光と影が微妙にからんでいることを、克明に描いたことだ。光の部分は、たぐいまれなセンスの良さ、人を虜(とりこ)にし、技術者を奮い立たせ、大衆を熱狂させる魅力と情熱。影の部分は、自己中心的でケチで、すぐ人を罵倒(ばとう)し、すべてを支配しようとし、友人でも功績があった人でも切り捨てた後のぞっとするほどの意地悪さ。
ジョブズはじつは、母に捨てられ養父母に育てられている。そのことと、ガールフレンドが産んだ娘をかたくなに拒否するなど、上述の影の部分との関連がほのめかされている。多くの女性遍歴の後、結婚して子供にめぐまれ、次第に心が落ちついていく。そう、本書はひとりの男のドロドロした深層心理の葛藤(かっとう)の物語なのだ。アップルの復活やPIXARの成功が主題ではない。だから本人が激怒したのだ。
原題のiConは、コンピューター画面上のアイコンと偶像の意味を兼ね、同時にiMac、iPodを連想させる。
私は、本人も主な登場人物も面識があり、このドラマの片隅で息づいていた。それだけでなく、彼との共通点が多い。少数の優秀な技術者を燃える集団にする仕事のやり方がそっくりであり、私が開発したNEWSワークステーションと、彼のNeXTが市場で激しく競合した時期もあった。瞑想(めいそう)をたしなみ、菜食主義のところまでそっくりだ。
「人というのは矛盾の塊」と著者はいう。偉業をなす人ほど矛盾が大きいのだ。私が億万長者にならなかったのは、彼ほど矛盾が大きくなかったと喜ぶべきなのか? いずれにしても本書は、矛盾に満ちた彼の魅力をあますところなく伝えている。ジョブズよ、怒り狂うことなかれ、まじめに瞑想して心にもっと平安をもたらせ。