米国メディア界の旗手であり「公的政策に関する問題について、最も権威ある情報源であり指針」とされてきたのがニューヨーク・タイムズ紙だ。本書はその高級紙の報道が、いかに米国の対外政策を誤らせてきたかを、個々の記事を引用しつつ検証する。ベトナム戦争時のトンキン湾事件やニカラグア問題の報道も引き合いに出されるが、圧巻はやはり、至近のイラク戦争報道をめぐる点検作業だ。
侵攻の「大義」とされたイラクの大量破壊兵器保有については、国際原子力機関(IAEA)の査察報告などから、疑問視する見方が有力だった。しかし、タイムズ紙上では、それらはほぼ無視され、根拠の乏しい政府高官などの匿名情報により、ブッシュ政権の開戦プロパガンダに手を貸す報道が繰り返されたことが綿密に解き明かされる。
リベラルホーク(リベラルなタカ派)の論者を多用してイラク侵攻を支持したかと思うと、開戦直前には国際協調体制を理由に反対に回るといった論調の使い回しも指摘される。「中立主義」を標榜(ひょうぼう)するポジショニングに執着し、真実追求よりは常に保身的にバランスをとろうとするのが同紙の体質だというのだ。
大量破壊兵器問題について同紙は、すでにワシントン・ポスト紙とともに自己検証記事を掲載し、報道の誤りを認めた。米中央情報局(CIA)の情報漏洩(ろうえい)事件で収監された女性軍事記者(退職)の政府高官との癒着や報道の偏りが明るみに出るなど、イラク戦での傷は深い。
しかし、国際法学者を含む著者らは、この誤りはイラク戦に限らぬ同紙の本質的欠陥だとする。一言でいえば「国際法や国連憲章の視点を欠くため、違法な軍事行動に対して確たる方針を持てない」ということであり、後半部は過去半世紀にわたるその論証に費やされる。
全体に「法による世界統治を」といった理想主義に立つ批判であり、筆致は厳しいが、同紙への愛着と期待もにじむ。「記事捏造(ねつぞう)といった事件は新聞にダメージを与えるだけだが、軍事的冒険をめぐる誤りは国民にとってはるかに深刻な問題だ」が著者たちのメッセージだ。