冷戦時代の最大の脅威は核兵器だった。冷戦終焉(しゅうえん)後の最大の脅威は、依然として核兵器である。ただし、脅威の性質は変わった。冷戦期には米ソの「恐怖の均衡」という人類の頭上に下がるダモクレスの剣だったが、今は核兵器や核物質を用いた「汚い爆弾」が、地域紛争やテロによって使われる恐怖が世界に広まりつつある。
本書は、核問題を追いかけてきた論説委員を中心に、朝日新聞の記者たちが核拡散の現状を探った書である。パキスタンの原爆の父と呼ばれるカーン博士が核に関する情報を裏で流していた、という報道は世界を揺るがせた。しかしカーン・ネットワークの真相は闇に包まれたままである。本書は、約30年前、カーン博士がいかにウラン濃縮技術をパキスタンにもたらしたかにまで遡(さかのぼ)り、カーン・ネットワークが欧州、東アジア、アフリカを巻き込んだ世界的な広がりを持っていたことを丹念に追いかける。しかもカーン博士の活動は、恐らく核の闇市場の氷山の一角に過ぎない。
冷戦が終焉した時、核物質や核技術が流出する危険が叫ばれ、アメリカを始めとする西側諸国はそれなりに流出防止に努力した。しかしグローバル化が進む中で、核拡散を押しとどめようとする努力はいかにもひ弱い。冷戦後の世界が不透明感を増す中で、自らの安全を核兵器に頼ろうとする各国の動機は高まっており、それが核の闇市場に対する大きな需要を生み出しているのである。世界最強国のアメリカが、包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准せず、あまつさえ新型核兵器の開発を進めようとしていることも、世界の核への依存心を高めている。
核兵器が自国の安全を高めるというのは20世紀最大の幻想であろう。その意味で、唯一の被爆国として核廃絶を要求する日本の立場は、道義的にも国益としても恐らく正しい。しかし問題は具体論であり、本書も明確な処方箋(せん)は示せていない。ただ、現状を率直に見つめた上で、国際的な規制を強める努力を支える他ない、という本書のメッセージは正しい方向であろう。