建国50周年に当たる99年の春、北京の政治中枢である中南海に万を超す民衆が抗議に押し掛けるという事件が突発した。「謎の気功団体」とされる法輪功の存在を世界に知らしめた中南海包囲座り込み事件だった。
衝撃を受けた政府は法輪功を非合法組織に指定し、大がかりな邪教追放キャンペーンに乗り出す。7月には幹部を一斉に拘束し、会員数が公称数千万人という「巨大地下組織」を徹底的につぶすとの政治的意志を明確にした。
外国人記者の取材は制限され、会員と接触すれば記者証を取り上げられ、事情聴取の対象ともなった。こうした中で、中国特派員だった著者はサスペンス小説もどきの潜行取材も試み、現場の声を丹念に拾った。この際の北京発の一連報道は01年のピュリツァー賞受賞という形で評価されている。
本書は3部構成で、第3話が法輪功事件の背景を解き明かすべく、山東省の女性会員の死と家族の孤独な闘いを追った潜入ルポだ。
職場をリストラされた女性は健康法で始めた法輪功に生きがいを見いだす。政府の禁令に抗議しようと生まれて初めて北京にのぼるが、たちまち警官に見つかって地元へ送り帰される。最初は党組織の末端の細胞である町内会幹部の「善意の説得」であったが、抗議の意志を曲げないとわかると非公開の改造センターへ送られ、結局は拷問死に至らしめられる。
当初は母親の浅はかな行動をたしなめていた娘も不条理な死に納得がゆかず、再調査と法的救済を求めて立ち上がるが、これも厚い壁に跳ね返されてしまう。
第1話は、いま全国各地で頻発している「農民反乱」の典型例を干ばつに苦しむ黄土高原の貧しい農村で取り上げ、地元政府に異議申し立てをする重税に苦しむ農民と、彼らの反乱に理解を示し、支援する弁護士を登場させる。
文革世代の田舎弁護士はただ訴状を書くだけでなく、村を回って原告団に加わるように説得する。こうした行動に恐れをなした当局は社会秩序を乱したかどで彼を投獄してしまう。
第2話では08年の五輪開催へ向けた再開発の荒波に住まいから追い立てをくう北京市民の集団訴訟と、その理論的支えとなる建築学専攻の大学院生の活躍を描く。同時に役所が不動産会社をつくり、没収した土地を自分たちの資産としてディベロッパーに売却し、莫大(ばくだい)な利益を上げるメカニズムも活写される。
以上の3話は農村、都市、精神の危機という「現代の中国が直面する危機の諸相」を代表すると著者は言う。いずれも未熟な司法制度を背景として描かれるが、「共産党を脅かすと判断される訴訟が行われている裁判所は、たちまち党の自衛の道具となってしまう」と著者の指摘は手厳しい。だが、十分な説得力がある。
経済発展の光の陰で生じている社会的動揺をあぶり出した出色の中国報告だが、著者は無謀とも思える闘いに挑む勇気ある個人の存在に中国の希望を託しているようでもある。