伝記物が嫌いではない。しかし、このジャンルが独り立ちしていない日本で、同時代人を描く評伝を面白く読んだ記憶がない。綿密な取材は、経費面から見合わないのだろうし、その心配がないひも付きの提灯(ちょうちん)本は論外だ。人間関係への配慮から、踏み込んだ記述を避けて上っ面をなでただけに終わるものも多い。
「大阪読売」の名社会部長として知られた庶民派ジャーナリストの生涯を描いた本書は、違う。何より、温かい目を注ぎつつ余計な遠慮を削(そ)ぎ落とした、対象との距離感が絶妙だ。それが、破天荒に見えて一本背筋の通った人物像を、生き生きと映し出す。しばしばほろりとさせられるが、笑える挿話も満載だ。なのに、時代状況への切り込みも鋭い。
むろん、面白さの過半は黒田氏の波乱に満ちた生き様や、個性豊かな人柄に由来しよう。挫折しかけた記者志望の夢が読売の大阪進出で救われた経緯。抜いた抜かれたの哀歓を晴らす酒とバクチの日々。朝起きが苦手で、事件記者より遊軍記者を望み、やがて、企画に見せる抜群のセンスと文章のうまさで頭角を現す。
評者も同様の職場での経歴を持つが、とかく無頼を気取り、弱者に共感、不正や権力には生理的に反発といった、「ブンヤ」たちの生態がビビッドに描かれていて感心した。著者は、晩年の黒田氏と付き合った出版社の編集者だが、取材や資料収集が丹念で、とくに、遺族の全面的な協力を得て、氏の未公開日記を閲覧したことが奥行きを深めている。
読者と対話するコラム「窓」や、毎年の戦争展開催で、「黒田軍団」と呼ばれる社会部の黄金時代を築いた部長時代や、右寄りに路線を変えた東京本社の方針で、社内的に追い詰められて行く過程も、関係者のほとんどが実名で登場して生々しいが、細部はお読みいただこう。
「記者は主観を出せ」「報道とは訴えることや」という持論や、退社後のミニコミ活動を詳しく知るだに、この人は、いま流行のブログを活字の世界でやっていたのだ、と気付く。ともあれ、メディア職場でも管理色が強まったいま、こうした記者は、もはや絶滅希少種だろう。