86年に、その後の人工知能やロボットの世界を一変させる論文が出た。それが著者による「サブサンプション(包摂)アーキテクチャ(SA)」だ。
それまでの自律ロボットは、外部環境の認識とモデルの構築、行動計画の作成と選択などを直列的に計算していた。SAでは、面倒な計算を一切せず、反射的な行動を並列的に計算するだけで、複雑な環境の中でうまく立ち回れることを示した。具体的には、衝突防止、彷徨(ほうこう)、探索の3層構造になっており、下位の層の機能をうまく利用(包摂)するというのが名前の由来だ。
これにより、知能には身体が必要で、環境との相互干渉によりそれが発現することが明らかになり、それまでの記号処理型の人工知能の限界が露呈した。
本書は、そのとっぴな発想がいかに生まれたかを丹念に語っている。昆虫の行動をヒントに毎日思索し、次第にSAが煮詰まっていくくだりは圧巻。じつは、妻の宗教上の理由で、このとき彼はタイ南部の川の中の水上住宅に、言葉が通じない状態で3週間幽閉されていたのだ。
著者はさらに「意識とは何か」「人間は特別な存在か」などの哲学的な議論を進め、いずれは人間と機械の境界がなくなるが、そのためには「生命のジュース」と呼ぶべき、未知の計算プロセスの発見が不可欠と主張している。
本書では触れていないが、SAから出発した潮流は「身体性認知科学」「認知発達ロボティックス」などの新学問分野を生み、主としてスイスや日本で発展した。私自身は、脳科学への貢献を含めて「インテリジェンス・ダイナミクス(動的知能学)」と呼ぶことを提唱している。著者のいう「生命のジュース」は「インテリジェンス・モデル」と名付けられ、多様な経験の記憶がいかに一般化され、次の状況で役立つか研究されている。
訳者は、日本でSAが議論されていないことをあとがきで嘆いているが、それは理解が浅いからではなく、あっという間に乗り越えて先に行ってしまった、というのが真相だろう。
知能研究の源流を教えてくれる好著。